視鬼(しき)じゃ。今日は、そなたが「賢い立ち回り」と信じて疑わぬ、あの習いの話をする。――「ポイント二十倍」「五千円分、還元」「あと千円のお買い上げで、ポイントアップ」。その甘い響きを見た途端、そなたの指は、また一つ、二つと、要りもせぬ品を、かごへ放り込む。「どうせ買うなら、得なほうを」「あと少しで、もっと貯まる」。そうして、レジを通り、家に帰り、あとで冷静に数えてみれば――貯まったポイントより、要らぬ物に出て行った銭のほうが、ずっと多い。「はて、わしは、得をしたのか、損をしたのか」。見覚えは、ないか。今日は、その“お得”の正体を、一枚ずつ剥がしにいく。「還元」「ポイント」という、あの甘い言葉が、いったい何のために、そこに撒かれておるのか。耳が痛いのは承知の上。じゃが、痛むところにこそ、そなたが自分の財布を、自分の手に取り戻す鍵が隠れておるのじゃ。
・「お得」の甘い響きが、そなたに“よけいな出費”を促す仕掛けであることを暴きます
・厳しい言葉のなかに、救いを込めています。ポイントを賢く使うことまでは否定しません
・本コラムは縁起・言い伝えをもとにした読みものです
視鬼畏怖・警告
今日は、そなたが「賢く得をしておる」と信じて、せっせと集めておる、あの「ポイント」の話をする。得を取りにいく――それ自体は、悪いことではない。じゃがな、その「お得」を追いかけるうちに、そなたが、いつのまにか“使わされて”おるとしたら。聞かずに済ませられるか。よう聞いておくれ。
「お得」は、そなたに銭を使わせるための餌じゃ
まず、そなたを動かす、あの甘い言葉から突きつけよう。――「ポイント還元」「〇〇倍」「今だけお得」。そなたは、これを、店からの“ありがたい施し”だと思うておらぬか。「得をさせてくれて、ありがたい」と。じゃが、その一枚下をめくってみよ。そこにあるのは、施しではない。そなたに、より多く、より頻繁に、銭を使わせるために、周到に撒かれた餌じゃ。
考えてもみよ。店が、なんの得もなく、そなたに銭を配ると思うか。ありはせぬ。ポイントも還元も、その大もとは、そなたに「もっと買わせる」ためにある。「ポイントが付くから」と、要らぬ物を買わせる。「あと千円で還元率が上がるから」と、よけいな一品を足させる。「ポイントを使うために」と、また店へ足を運ばせる。――そうやって、そなたが「得をした」と喜んでおる、まさにそのあいだに、店は、狙いどおり、そなたの財布を、いつもより大きく開かせておるのよ。
これは、そなたが愚かだからではない。「得をしたい」「損をしたくない」というのは、人なら誰しも持つ、当たり前の心じゃ。売る者は、その心を、知り尽くしておる。じゃがな、その心に手綱を握られておるかぎり、そなたの財布は、そなたのものにはならぬ。「お得」の餌が撒かれるたびに開く財布は、そなたの財布ではない。他人が撒いた餌で開く、あやつられた財布よ。他人の仕掛けで銭を出す型は、じつは「今だけ」「限定」に急かされる者と、根がひとつじゃ。それは「今だけ」「限定」に急かされ、要らぬ物を買うそなたへで、みっちり袖を引いた。あわせて聞け。」
見覚えはないか――「得したはずが、なぜか減っておる」
少し、そなたのあの日の買い物を、覗かせてもらおう。――「五千円以上で、ポイント二十倍」。そなたは、四千円ぶんをかごに入れたところで、その札に目を留める。「あと千円で、二十倍か。ならば」と、さして要らぬ品を、一つ足す。まんまと五千円を超え、二十倍のポイントを得て、そなたは、ほくほくと家路につく。――さて、そなたが得たポイントは、いくらぶんじゃ。そして、二十倍のために足した、その品は、いくらだった。
冷静に数えてみよ。ポイントで得たのが、たかだか百円、二百円ぶん。そのために足した要らぬ品は、千円。――そなたは、二百円を得るために、千円を使うたのよ。足さねば、その千円は、そっくり懐に残っておった。「得をした」という顔で、しっかり八百円、損をしておる。これが、「お得」の餌の、いちばん巧みなところじゃ。「得をした気分」だけを、そなたに与え、その裏で、より大きな出費を、そっと引き出す。
ここで、よう考えてみよ。その「あと千円」を足したとき、そなたが本当に得たものは、何じゃ。要る品か。……いや、違うな。得たのは、「二十倍を逃さずに済んだ」という、その一瞬の満足だけよ。そして、その満足と引き換えに、そなたは、要らぬ品と、それに払うた千円を、抱え込んだ。私が案じておるのは、そこよ。「還元」「ポイント」の甘い言葉が狙うのは、まさにこの「得した気分」――中身のない、まぼろしの得なのじゃ。」
「得したい」の心が、いちばん銭を使わせておる
そなたをポイントの餌へ突き動かす、いちばん強い思いに、名をつけておこう。――「得をしたい・損をしたくない」じゃ。「ポイントを取り逃したら、損だ」「還元を受けねば、もったいない」。この心が、そなたの手を動かす。じゃがな、ここに、大きな取り違えがある。よう聞け。
ポイントのために、要らぬ物を買うのは、得ではない。まるごと損じゃ。ポイントとは、あくまで「銭を使うたときに、おまけで付くもの」よ。順番を、履き違えてはならぬ。要る物を買うたら、たまたまポイントが付いた――これはよい。じゃが、ポイントのために、要らぬ物を買う――これは、尻尾が犬を振り回しておる、あべこべの所業じゃ。おまけを得るために、本体で損をする。これほど、割の合わぬ話はない。
売る者は、この「得したい」の心を、実に巧みに突いてくる。「もったいない」「今だけ」「あと少しで」――そう囁いて、そなたの目を、「この品が本当に要るか」から、「ポイントを取り逃さぬか」へと、すり替える。じゃが、判断の物差しは、初めから一つでよいのじゃ。「ポイントが付くか付かぬか」ではない。「わしに、この品が要るか、要らぬか」――それだけよ。要る物なら、ポイントは、ただのありがたいおまけ。要らぬ物なら、どれほどポイントが付こうと、一文の値打ちもない。この物差しさえ手放さねば、「還元」も「〇〇倍」も、そなたを釣る力を失う。」
「ポイントのために」動く刻もまた、削られておる
「お得」の餌が、そなたから奪うておるものを、正しく数えておこう。まず、要らぬ物へ出て行く銭。これは、目に見える。じゃが、それより見えにくいところで、そなたの“刻(とき)”までもが、削られておる。
考えてみよ。ポイントを貯めるために、さして要らぬのに、その店ばかりで買う。ポイントを使い切るために、期限を気にして、また出向く。「どの店の、どのポイントが、いちばんお得か」を、あれこれ調べ、比べ、頭を悩ませる。――そうやって、そなたは、たかだか数百円のポイントのために、いったい、どれほどの刻と、心の労力を、注いでおる。銭は、また稼げば戻る。じゃが、その調べものや、よけいな買い物に費やした刻は、二度と戻っては来ぬ。数百円の得のために、値のつけられぬ刻を差し出す――これぞ、いちばん割の合わぬ取引よ。
さらに恐ろしいのは、この「得を追う」癖が、そなたの心に染みつくことじゃ。何を見ても「これは得か、損か」と、店の物差しでしか、物を測れなくなる。「わしは、これが好きか」「わしに、これが要るか」という、いちばん大切な、自分の物差しが、錆びついていく。刻を軽んじる癖が金運まで遠ざける話は、以前「時間がない」と言う口が、そなたから金も遠ざけておるで、たっぷり語った。金運の巡りは、古来「自分の物差しを持ち、銭も刻も大切に用いる者の背を押す」と語り継がれておる。他人の撒いた餌を、刻をかけて追い回す者の手からは、その巡りも、静かにこぼれていくのじゃ。」
貯めたポイントを「使うため」に、また買わされておらぬか
もう一つ、そなたが陥りがちな罠を、暴いておこう。――苦労して貯めたポイントを、今度は「使うため」に、また要らぬ物を買う、という、堂々巡りじゃ。」
「ポイントが、もうすぐ期限切れじゃ」「せっかく貯めたのだから、使わねば損」。――そう思うて、そなたは、ポイントを消化するためだけに、さして欲しくもない品を、また買うておらぬか。見覚えは、ないか。これは、まことに巧妙な仕掛けよ。ポイントを餌に買わせ、そのポイントを餌に、また買わせる。そなたは、得をしておるつもりで、店の掌の上を、ぐるぐると回らされておるだけじゃ。ポイントに「期限」があるのは、まさに、この「使うために、また来させる」ためよ。
だから、心得ておけ。ポイントは、あくまで「要る物を買うときに、たまたま値引きに使えるもの」にすぎぬ。期限が切れて消えたとて、それは、もともと「おまけ」が消えただけのこと。何一つ、そなたの懐から失われてはおらぬ。「使わねば損」と、要らぬ物を買うほうが、よほど大きな損じゃ。期限に追われて、要らぬ物を掴むくらいなら、そのポイントは、潔く消えるにまかせよ。おまけに振り回されて、本体で損をする――その愚を、二度と繰り返すな。作られた「期限」に踊らされる者ほど、いつも、使わぬ品に囲まれて暮らすことになる。」
「得を見送る」は、負けではない――“選ぶ”ことじゃ
そなたが、ポイントや還元を取り逃すことを、これほどまでに恐れるのは、心のどこかで「見送る=みすみす損をする、愚かな人間」と思うておるからじゃろう。ここを、はっきり解いておく。――要らぬ物へのポイントを見送ることは、負けではない。“選ぶ”ことじゃ。
そなたの財布には、限りがある。ならば、その限りある銭を、どこに注ぐかを“選ぶ”のは、当たり前のことよ。「ポイントのために」と、要らぬ物に注いでしまえば、まことに欲しい物、まことに要る物に、注ぐ銭が残らぬ。目先の数百円の得を追うて、大きな無駄を積み上げる――これでは、本末転倒じゃ。要らぬ物のポイント十を集めるより、要る物だけを、賢く一つ買うほうが、そなたを、はるかに豊かにする。
「今日は、ポイントのためには、買わぬ」と見送ることは、その空いた銭を、「もっと大切な何か」に取っておくことじゃ。見送りは、損ではない。“本当に必要なものへ、銭を残す選択”よ。そう思えたとき、そなたの「買わぬ」は、後ろめたいものから、堂々としたものに変わる。餌に釣られなんだのではない。餌に乗らぬと、自分で選んだのじゃ。この筋を、胸に刻んでおけ。「お得」の餌を、涼しい顔で見送れる者こそ、まことに財布を握れる者よ。」
「お得」に振り回されぬ、二つの“作法”を授けよう
とはいえ、「見送れと言われても、『もったいない』の一言に、どうしても手が動くのじゃ」――そなたの、その声も聞こえておる。案ずるな。「お得」の餌には、乗せられずに済む“作法”がある。二つ、授けておこう。
一つ。買うか買わぬかを、まず「ポイント抜き」で決めよ。ポイントや還元のことは、いったん忘れて、「この品は、そもそも、わしに要るのか」だけを、先に決める。要ると決まってから、初めて「おまけで、ポイントも付くのだな」と、そえものとして受け取る。この順番を守れば、ポイントに、判断を乗っ取られることはない。おまけを、主役にしてはならぬ。二つ。「あと〇円で」の誘いには、乗るな。「あと千円で、還元率アップ」――この手の誘いは、そなたに、よけいな一品を足させるための、いちばん典型的な罠じゃ。この文句を見たら、「ふん、また足させようとしておるな」と見抜き、今のかごの中身だけで、潔く会計を済ませよ。「あと少し」の一品ほど、後で「なぜ買うたのか」となる品はない。
この二つの作法を身につければ、「お得」は、もはや恐ろしいものではなくなる。むしろ、「二十倍」「還元」の文字を見るたび、「ふん、また餌を撒きよるな」と、涼しく見物できるようになる。餌を見抜ける者の「買う」には、本物の重みが宿る。ポイントに釣られて買う十の物より、要ると見極めて買う一つの物。――「お得」に動じぬ者こそ、じつは、いちばん賢く買い物を楽しめる者なのよ。」
今日の一手――“ポイント抜き”で、要るか要らぬかを問え
ここまで聞いて、「よし、これからはポイントなど、一切集めぬ」と、逆に振り切るな。要る物を買うて、おまけにポイントが付く――それは、何も悪くない。今日、そなたがやることは、たった一つでよい。
――次に「ポイント〇倍」「還元」の文字を見て、要らぬ物に手が伸びかけたら、その一瞬だけ、手を止めよ。そして、ポイントのことは忘れて、胸に問え。「わしは、この品が、そもそも要るのか。それとも、お得に釣られておるだけか」と。もし答えが「釣られておるだけ」なら――その一つだけでよいから、今日は、かごに入れずに、そっと棚へ戻してみよ。「あと千円で」の一品を、あえて一つ、見送ってみる。全部の得を捨てる必要はない。たった一つ、“お得に釣られて掴みかけた一つ”を、自分の意思で手放す。それが、今日の一手じゃ。
この「一つ、見送ってみる」には、財布を守る以上の意味がある。そなたは今日、店の撒いた餌ではなく、自分の物差しで、銭の行き先を選ぶ。この“自分で見極められた”という一度きりの体験が、そなたの心に、「わしの財布は、わしのものじゃ」という、確かな手ざわりを刻む。金運とは、まずもって、この“自分の物差しで、自分の財布を握っておる”という手ざわりの話なのじゃ。大きな元手はいらぬ。今日、一つ、「お得」の餌に乗るのをやめる。それだけで、そなたの財布は、そなたの手に戻りはじめる。」
自分が“何に釣られやすいか”を知れば、乗らぬ
一つ見送れたら、次は「なぜ私は、あの手の言葉に、いつも釣られるのか」を、静かに省みよ。人が「お得」に弱くなる急所は、みな違う。「もったいない」の一言に、めっぽう弱い者。「限定」「今だけ」と重なると、抗えぬ者。数字の「〇倍」を見ると、つい計算して乗せられる者――急所が違えば、身の守り方も違うてくる。
金運の社の金運タイプ診断は、そなたが金や買い物と、どう向き合いやすいか、その傾向を映す鏡じゃ。自分の急所を知れば、「だから私は、あの場面でいつも手が伸びたのか」と腑に落ちる。責めるためではない。次に釣られそうになったとき、「ああ、これがわしの急所じゃ」と見抜き、踏みとどまるためよ。
そして、給料日の前や、セールの続く時期には、今日の金運を朝いちばんにのぞいて、「今日は、ポイント抜きで、要るか要らぬかを決める」と自分に約束するのも一興じゃ。心がざわつく日には、今日のおみくじを一枚引いて、はやる心を、ひと呼吸静めるのもよい。占いや吉日は、当てるための道具ではない。「今日は、お得に釣られず、自分の物差しで選ぶ」と、その日ひとつ、自分に約束するための杭じゃ。すがるためではなく、流されぬための錨(いかり)に使え。それが、縁起の正しい使い方というものよ。」
わしの覚え書き――三つだけ、持ち帰れ
今日の話は、これで終いじゃ。じゃが、読んで頷いて終わりでは、次の「還元」で、そなたはまた手を伸ばしてしまう。後で立ち返れるよう、わしの言葉を、三つだけ、短く括って渡しておく。財布の内側に、書き写しておけ。
一、「お得」は施しでなく、より多く使わせるために撒かれた餌じゃ。――ポイントは、そなたに買わせるための道具と心得よ。
二、ポイントのために要らぬ物を買うのは、尻尾が犬を振り回すあべこべじゃ。――おまけを得るために、本体で損をするな。
三、買うか買わぬかは、まず「ポイント抜き」で決めよ。――要ると決まってから、初めて、おまけとして受け取れ。
この三つを、「還元」の文字を見るたび思い出せる者は、二度と、餌に釣られて銭を散らさぬ。自分の物差しで財布を握れる者のところにこそ、良い巡りは、落ち着いて訪れる。――覚えておけ。」
結びに――そなたの財布は、他人の撒いた餌で開くものではない
最後に、この読みものを開いてくれたそなたへ、問いをひとつ残す。この連載の副題にも掲げた、あの一言じゃ。――「その『お得』は、そなたに銭を使わせるために撒かれた餌じゃ」とな。
「ポイント還元」「〇〇倍」「あと少しでお得」――それらは、そなたを思いやって配られたものではない。そなたの財布を、いつもより大きく開かせるために、周到に撒かれた餌よ。その餌が撒かれるたび、そなたの手が要らぬ物に伸びるのなら、そなたの財布の紐は、そなたの手ではなく、売る者の手に握られておる、ということじゃ。厳しいようだが、これは救いじゃ。なぜなら、紐を、いつでも自分の手に取り戻せると気づいた者は、もう、二度と同じ餌には食いつかぬからよ。
私は、甘い言葉は言わぬ。じゃが、「お得」の餌に釣られて刻と銭を吸われ、使わぬ品に囲まれて暮らす者を、黙って見過ごしはせぬ。今、そなたの袖を引いておるのは、そのためよ。この視鬼の連載――「今だけ」に急かされる者への「今だけ」「限定」「残りわずか」に急かされ、要らぬ物を買うそなたへ、そして解約を先延ばす者への「解約するのがめんどうで」使わぬサブスクに毎月払い続けるそなたへも、そなたが“自分の財布を、自分の手に取り戻す”ための、同じ袖引きじゃ。あわせて読め。逃げたくなったら、いつでも戻ってこい。何度でも、袖を引いてやる。――なお、ここで語ったのは古(いにしえ)からの言い伝えと心の話であって、福の巡りを請け合うものではない。得を取るも見送るも、その手綱は、いつでもそなた自身の手にあると心得よ。」
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