視鬼(しき)じゃ。今日は、そなたが「うまく、立ち回った」と、ほくそ笑んでおる、あの買い物の癖の話をする。――ほしい物を、一つ、かごに入れる。いざ、支払いへ進もうとすると、画面の隅に、するりと、あの一言が、浮かぶ。「送料無料まで、あと、三百円」。その途端じゃ。そなたの手が、すっと動いて、べつだん、今すぐ要るわけでもない品を、もう一つ、かごへ、放り込む。「どうせ、三百円足すなら、送料ぶんの品を、買ったほうが、得だ」――そう、頭の中で、勘定して。そうして、送料を、浮かせた気で、いる。じゃがな、よう、考えてみよ。そなたは、四百円の送料を、避けるために、七百円の、要らぬ品を、買うておらぬか。浮かせたはずが、かえって、財布は、軽くなっておる。「はて、得をしたはずなのに、なぜ、いつも、思ったより、使うておるのか」。見覚えは、ないか。今日わしは、その「あと◯円で送料無料」の、いちばん、あべこべなからくりを、そなたと一緒に、静かに、ほどいてやろう。耳が、痛かろう。じゃが、痛むところにこそ、そなたが、自分の銭を、自分の手に、取り戻す鍵が、隠れておる。
・「送料を浮かせる」つもりが、じつはそれより高い品を、余計に買わされている倒錯を暴きます
・厳しい言葉のなかに、救いを込めています。本当に要る物を、ついでに買うことまで否定はしません
・本コラムは縁起・言い伝え・心の傾向をもとにした読みものです。家計の具体的なご相談は、公的な窓口や専門家へどうぞ
視鬼畏怖・警告
今日は、そなたが「賢く、送料を浮かせた」と、得意になっておる、あの「あと◯円で送料無料」の話をする。銭を惜しむこと、それ自体を、責めはせぬ。じゃがな、その「惜しむ」向きが、あべこべになって、かえって銭を、どぶに捨てておるとしたら。聞かずに、済ませられるか。よう、聞いておくれ。
「あと少しで送料無料」――その一言が、そなたの手を動かす
まず、あの一言の、恐ろしさから、暴いておこう。「送料無料まで、あと◯円」。この一言が画面に出た途端、そなたの心には、二つの声が、同時に、立ち上がる。一つは、「送料を、払うのは、損だ」という、いやな感じ。もう一つは、「あと少し、足せば、その損を、避けられる」という、救いの声。この二つが、そなたの手を、かごへと、動かすのじゃ。
ここに、大きな、すり替えが、ある。よう見よ。そなたが、本来、考えるべきは、「この、追加の一品は、わしに、要るのか」という、ただ一つの問いじゃった。それが、あの一言のせいで、「どうすれば、送料を、避けられるか」という、まったく別の問いに、すり替えられておる。物が要るか要らぬか、ではなく、送料を避けられるか避けられぬか。――売る側は、この、問いのすり替えで、飯を食うておるのよ。
そして、この一言が、いちばん、たちが悪いのは、そなたに、「損を避けるために、動いている」という、正義の気分を、与えることじゃ。無駄遣いをしておるという、後ろめたさが、ない。むしろ、「賢く、送料ぶんを、取り返してやった」という、得意な気分すら、湧く。じゃがな、その得意の裏で、そなたの財布からは、送料よりも、多くの銭が、静かに、抜けておる。正義の顔をした、無駄遣い――それが、あの一言の、隠された正体よ。
からくりを暴く――「無料」を得るために、余計に払う倒錯
では、そのからくりを、数で、はっきりさせてやろう。細かい額は、たとえ話じゃ。そなたの買い物に、置き換えて、聞け。――ほしい物が、二千円。送料が、四百円。合わせて、二千四百円、払えば済む。ところが、画面が言う。「あと、六百円で、送料無料」。そなたは、思う。「四百円の送料が、消えるなら、六百円の品を、足したほうが、得だ」。そうして、六百円の品を、かごへ。〆て、二千六百円。
よう、見比べよ。送料を払えば、二千四百円。送料を避ければ、二千六百円。「無料」を得るために、そなたは、二百円、多く、払うておる。おまけに、その足した六百円の品が、もし、さして要らぬ物であったなら、そなたが、本当に、どぶへ捨てたのは、その六百円のほうよ。四百円の送料を、惜しんだ結果、六百円を、余計に、使う。数百円を、惜しんで、それより大きな銭を、捨てる。――これが、「送料無料」の、あべこべの、正体じゃ。
「無料」という言葉は、な、人の目を、狂わせる、魔物じゃ。ほんらい、送料も、品代も、どちらも、そなたの財布から出る、同じ銭。色など、ついておらぬ。じゃが、「送料」にだけ、「損」の色を塗り、「品」には、「得」の色を塗ることで、そなたの目には、「余計な品を買うこと」が、「送料を避ける、賢い手」に、見えてしまう。物が増え、銭が減っておるのに、得をした気で、いる。魔物に、化かされておるのよ。まず、この一点――「無料のために、余計に払っておらぬか」を、心に、刻め。
なぜ人は「送料」だけを、あんなに惜しむのか
ここで、少し、そなたの心の、奥を覗いてみよう。そもそも、なぜ、そなたは、同じ銭のはずの「送料」だけを、あれほど、惜しむのか。品代の二千円は、すんなり払うのに、四百円の送料には、なぜ、あれほど、抵抗を、覚えるのか。その裏には、人の心の、ある、癖が、隠れておる。
それはな、「手元に、何も残らぬ銭を、払うのが、いやだ」という心じゃ。品代を払えば、手元に、品が、残る。じゃが、送料を払っても、手元には、何も、残らぬ。運び賃は、消えてなくなる。この「払っても、物が残らぬ」という感覚が、人には、たまらなく、損に、感じられるのよ。だから、そなたは、「同じ銭を払うなら、物が残るほうが、得だ」と、送料のぶんを、品に、化けさせようとする。その心の癖を、売る側は、知り尽くしておる。だからこそ、「送料無料まで、あと◯円」という、あの一言で、そなたの、その癖を、突いてくるのじゃ。
じゃがな、よう、考えよ。送料とは、「そなたが、店まで足を運ばずとも、家に、品が届く」ための、代金じゃ。何も残らぬどころか、そなたの、時間と、手間を、しっかり、買うておる。それを、「無駄な銭」と、目の敵にして、避けるために、要らぬ物を足すのは、あべこべよ。送料を、憎むな。憎むべきは、送料を避けるために、要らぬ物を、掴ませようとする、あの「あと◯円」の、囁きのほうじゃ。この心の癖を、他人事と思うな。似た“お得”に釣られる心は、「ポイント」「◯◯%還元」に釣られ、要らぬ物まで買い込むそなたへでも、みっちり、袖を引いた。あわせて、聞け。
【独自】“足すべき一品”と“要らぬ一品”の見分け
ここからは、この「金運の社」独自の指南じゃ。「あと◯円で送料無料」を、頭から、禁じるつもりは、ない。じゃが、そなたには、身を守る、物差しが、要る。金龍ならぬ視鬼が、かごに足そうとする、その一品が、「足すべき一品」か、「要らぬ一品」かを、見分ける、たった一つの問いを、授けてやろう。あの一言に、手が動きかけたら、その手を止めて、こう、問え。
「この足す一品は、送料の一言を、見る前から、もともと、買うつもりが、あった物か。それとも、送料を避けるために、今、急に、ひねり出した物か」――と。もし、「近いうちに、どうせ買う、決まった物」なら、それを、ついでに、今、買うのは、理にかなう。じゃが、「送料を避けるために、今、必死で、要る物を、探しておる」なら――それは、もう、答えが、出ておる。物が、そなたを、必要としておるのではない。そなたが、無料のために、無理やり、物を、必要とさせられておるのじゃ。その見分けを、下の心得に、括っておく。
| その足す一品は | 視鬼の見立て |
|---|---|
| 送料の一言を見る前から、買うと決めていた常備の物 | 足してよい。もとより要る物を、まとめただけじゃ。 |
| 「何か、あと◯円ぶん、ないか」と、今、急に探した物 | やめよ。無料のために、無駄を、ひねり出しておる。 |
| 安いから、ついでに、と、数合わせに放り込む物 | 危うい。それは“得”ではなく、ただの、荷物じゃ。 |
| 送料を払っても、この一品ぶん、暮らしに要る物 | ならば送料を払え。要る物だけ買うが、いちばん安い。 |
肝は、「送料を、避けられるか」でなく、「この物が、もともと、要るか」で見ることよ。売る側は、そなたに、「送料」だけを、見せて、「その一品が、本当に要るか」から、目を、そらさせる。ならば、そなたは、あえて、送料のことを、いったん、忘れよ。そして、足す一品を、送料の一言が、なかったとしても、買うか――と、まっすぐ、問え。要る物だけを、買う者は、無料の餌に、狩られずに、済む。
送料を制する一手――「送料込みで、その値打ちか」と問え
では、この「あと◯円」の罠から、どう、身を守るか。そなたに、授ける、作法は、一つ。厳しくは、ないが、これが、いちばん、確かな、物差しじゃ。――買い物かごの、最後に、こう、問え。「この、ほしい物は、送料を、込みで、払っても、なお、手に入れる値打ちが、あるか」と。
よう、聞け。そなたが、本当に、ほしいのは、最初の、その一品じゃったはず。ならば、その一品の値打ちを、送料込みの、総額で、量ればよいのじゃ。二千円の品に、四百円の送料が、乗って、二千四百円。「この物に、二千四百円、払う値打ちが、あるか」。もし、あるなら――堂々と、送料を、払うて、買え。それが、いちばん、安い買い方よ。要らぬ一品を、足さぬぶん、そなたの財布は、いちばん、軽く済む。もし、「送料込みだと、そこまでの値打ちは、ない」と、思うなら――それは、そもそも、今、買わずともよい物、というだけの話じゃ。
この問い方の、良いところは、「送料」を、避けるべき敵ではなく、品の値打ちを量る、物差しの一部に、変えてしまうことよ。送料を、憎んで、避けようとするから、要らぬ物を、足す羽目に、なる。送料を、総額に、含めて、「これ込みで、値打ちがあるか」と、まっすぐ量れば、余計な一品を、足す隙は、どこにも、なくなる。送料を、制する者は、送料に、振り回されぬ。無料という言葉に、目を、狂わされるな。総額を、見よ。総額でこそ、物の、本当の値打ちが、見える。
それでも足すなら――“次に使う物”を先に買え
とはいえ、じゃ。送料が、いかにも、高い。あと少し、足せば、その送料が、まるまる、消える。――どうしても、一品、足したい。そういう場面も、あろう。頭ごなしに、「絶対、足すな」とは、言わぬ。じゃが、それでも、足すというなら、そなたに、一つだけ、作法を、授けておく。それは、「今すぐ要る、目新しい物」ではなく、「どうせ、次に、必ず使う、決まった物」を、先に、買えという、ことじゃ。
考えてみよ。そなたの暮らしには、いずれ、必ず、なくなり、必ず、また買う物が、あろう。書く物。洗う物。拭く物。切らせば困る、日々の、消え物。そういう、「未来の自分が、どうせ、買うと、決まっている物」を、送料の数合わせに、あてるのなら――それは、無駄には、ならぬ。今、使わずとも、いずれ、必ず、使う。棚に、置いておけば、いつか、役に立つ。無料のために、要らぬ物を、掴むのとは、わけが、違う。未来の入り用を、少し、前倒しに、しただけよ。
逆に、いちばん、いかんのは、数合わせに、「安いから」と、目新しい物や、珍しい物を、放り込むこと。それは、次に、いつ使うとも、知れぬ。棚の、こやしに、なるだけじゃ。足すなら、心が、ときめく物ではなく、暮らしが、確かに、要る物を、足せ。ときめきは、そなたを、狩る餌ぞ。地味な、消え物こそが、送料の数合わせに、耐えうる、ただ一つの、答えじゃ。急かされて、要らぬ物を掴む癖は、「今だけ」「限定」「残りわずか」に急かされ、要らぬ物を買うそなたへでも、袖を引いた。あわせて、心に、括っておけ。
結びに――無料に釣られる者は、無料に狩られる
最後に、この読みものを、開いてくれた、そなたへ。この連載の、副題に掲げた、あの一言を、もう一度、渡しておく。――「その数百円を浮かせるために、そなたは千円を捨てておる」とな。
「送料無料まで、あと◯円」の一言は、そなたの問いを、「この物は要るか」から、「送料を避けられるか」へと、すり替える。そして、四百円の送料を、避けるために、六百円の、要らぬ品を、掴ませる。「無料」という魔物は、送料にだけ「損」の色を塗り、そなたの目を、狂わせる。じゃが、送料も、品代も、同じ、そなたの銭。色など、ない。数百円の送料を、憎んで、避けた結果、それより大きな銭を、どぶへ、捨てておる――それが、あの一言の、あべこべの正体よ。
わしは、甘い言葉は、言わぬ。じゃが、そなたが、「無料」の餌に、釣られて、要らぬ物で、家を埋め、財布を、軽くしていくのを、黙って、見過ごしは、せぬ。今、袖を引いておるのは、そのためよ。送料を、避けるな。総額で、値打ちを、量れ。足すなら、ときめく物ではなく、どうせ使う、地味な物を。――なお、ここで語ったのは、心の話であって、そなたの家計の是非を、説くものではない。暮らしの銭の具体は、公的な窓口や、専門の者に、遠慮なく、相談せよ。無料に釣られる者は、いつしか、無料に、狩られる。じゃが、要る物だけを、まっすぐ買える者は、どんな、甘い一言にも、狩られぬ。逃げたく、なったら、いつでも、戻ってこい。何度でも、袖を引いてやる。
※本記事は占い・風水・古くからの言い伝えを、娯楽の範囲でご紹介するものです。記載の内容は効果や結果を保証するものではありません。宝くじ等の当選を保証するものではなく、ゲン担ぎ・縁起としてお楽しみください。暦(吉日)は流派・暦により差が出る場合があるため、実際の日付は最新の暦でご確認ください。健康・体調に関する判断は専門家にご相談ください。一部にプロモーション(PR)を含みます。
