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コラム連載 ・ 視鬼

【視鬼のコラム】「無料」の二文字に飛びつき、刻と身元を差し出すそなたへ|ただより高いものはない

金を払わぬ代わりに、そなたは“もっと高いもの”を払っておる

コラム連載
視鬼畏怖・警告ろうそくの火のむこうから、目をそらしたくなる本質を鋭く突く警告の語り手。主な発信:TikTok ・ プロフィールを見る →

視鬼(しき)じゃ。今日は、そなたが「損のない、賢い選び方」と思うておる、あの二文字の話をする。――「無料」「タダ」「0円」。それを見た途端、そなたの心の警戒は、すっと、溶ける。「どうせ、金はかからぬのだ。ためしに、もらっておこう」「損は、せぬはずだ」。そう思うて、迷いなく、手を伸ばす。名を書き、印を押し、あるいは、いくつもの手続きを、済ませる。そうして、家には“タダでもらった物”が増え、そなたの元には、なぜか、次から次へと、知らせや誘いが、届きはじめる。「はて、タダのはずだったのに、どうして、こんなに、わずらわしいのか」。見覚えは、ないか。今日わしは、その「無料」の、いちばん奥に隠れたからくりを、そなたと一緒に、静かにほどいてやろう。金を取らぬ商いは、いったい、何で、稼いでおるのか。――そなたは、金を払わぬ代わりに、じつは、金より高いものを、こっそり、差し出してはおらぬか。耳が痛かろう。じゃが、痛むところにこそ、そなたが自分の暮らしを、守るための鍵が、隠れておる。

この記事のポイント・「無料」「0円」の二文字に、つい飛びついてしまう人へ、その正体を鋭く突くコラムです
・金を払わぬ代わりに、そなたが刻・注意・身元という“もっと高いもの”を差し出していることを暴きます
・厳しい言葉のなかに、救いを込めています。世にある良き無料まで、一律に否定はしません
・本コラムは縁起・言い伝え・心の傾向をもとにした読みものです。勧誘や契約の具体的なご相談は、公的な窓口や専門家へどうぞ

視鬼畏怖・警告

今日は、そなたが「損のない、うまい話」と信じておる、あの二文字――「無料」の話をする。金を払わずに済むこと自体を、責めはせぬ。良き無料も、この世には、ちゃんとある。じゃがな、その「無料」の裏で、そなたが、金より高いものを、こっそり抜かれておるとしたら。聞かずに、済ませられるか。よう聞いておくれ。

「無料」――その二文字に、そなたの警戒は溶ける

まず、そなたの心が動く、あの瞬間を、静かに見つめてみよう。値の付いた物には、そなたは、身構える。「これは、本当に、この金を出す値打ちがあるか」と、真剣に、吟味する。ところが、そこに「無料」の二文字が付いた途端、その吟味が、まるごと、消える。「タダなら、要る要らぬを、考えるまでもない。もらっておけば、得だ」――そう、警戒が、すっと、溶けるのじゃ。

この“溶ける”ところに、大きな落とし穴が、ある。値の付いた物なら、そなたは、「自分に、これが要るか」を、まず問う。じゃが、無料の物には、その問いを、立てぬ。「タダだから」という一言だけで、要るか要らぬかを、飛ばして、手を伸ばす。「無料」は、そなたの“要る・要らぬ”の関所を、いとも簡単に、素通りさせる呪文なのよ。だから、家には、タダでもらった、じつは要らぬ物が、どんどん、積み上がっていく。値打ちを問わずに受け取った物は、値打ちを問わずに、忘れられ、埋もれていく。

そして、覚えておけ。この世に、まことの“タダ”は、めったに、ない。誰かが、そなたに何かを差し出すとき、その裏には、たいてい、その者の“もくろみ”が、ある。金を取らぬなら、金の代わりに、何かを、そなたから、得ようとしておる。「無料」で警戒が溶けたそなたは、その“何か”に、まるで、気づけぬ。今日は、その溶けた警戒を、もう一度、そっと、立て直す術を、渡してやろう。

暴いてやろう――金を取らぬ商いは、何で稼いでおるのか

ここが、今日いちばんの、暴きどころじゃ。よう腹に据えて、聞け。そなたに、何かを「無料」で差し出す者は、慈善で、そうしておるのではない。商いをする者は、どこかで、稼がねば、立ち行かぬ。ならば、問うてみよ。金を取らぬのに、その者は、いったい、何で、稼いでおるのか。

その答えは、たいてい、こうじゃ。「無料」は、そなたから、金を取るための“入口”にすぎぬ。まず、タダで差し出し、そなたを、中へ、招き入れる。警戒の解けたそなたが、中へ入ってしまえば、あとは、いくらでも、やりようがある。後から、金のかかる物を、そっと、勧める。無料の期間が過ぎた頃合いに、いつの間にか、金が、かかりはじめる。あるいは――ここが肝じゃが――金の代わりに、そなたの“別のもの”を、受け取っておる。つまり、「無料」の本当の値段は、その二文字の裏に、隠されておるだけで、消えてなど、おらぬのじゃ。

誤解するな。世の無料の、すべてが、悪だくみだと言うておるのではない。まことの善意で、良い物を、タダで配る者も、おる。試しに使うてもらうための、まっとうな無料も、ある。わしが袖を引いておるのは、そこではない。「タダだから」と、その裏の“もくろみ”を、いっさい問わずに、飛びつく――その癖のことよ。良き無料と、釣りの無料を、見分けもせず、二文字だけで、飛びつくな。まず、問え。「この者は、何で、稼いでおるのか」と。その問いを立てられる者は、釣り針の付いた無料を、そっと、見抜ける。

そなたが差し出しておるもの――刻・注意・身元

では、金を払わぬ代わりに、そなたは、何を、差し出しておるのか。ここを、はっきり、突いておく。よう見よ。そなたが「無料」と引き換えに、こっそり手渡しておるのは、おもに、三つ。刻(とき)と、注意(こころ)と、身元じゃ。どれも、金には見えぬが、金にまさる、そなたの大事な財産よ。

一つ、。タダの物を得るために、そなたは、長々と手続きをし、待たされ、あれこれ試す。その間、そなたの、二度と戻らぬ時が、削られておる。二つ、注意。無料の裏で、そなたの元へ、次々と、知らせや誘いが、届きはじめる。そのたびに、そなたの心は、そちらへ引かれ、暮らしへの集中が、こまぎれに、奪われていく。人の“気の向く先”は、それ自体が、売り物になるほど、値打ちのあるものよ。三つ、身元。名、住まい、連なり、好み――そなたが、無料と引き換えに書き込んだ、そなたが何者かという知らせ。これが、そなたの知らぬところで、どう使われ、どこへ渡っていくのか、そなたには、見えぬ。「無料」でそなたが払っておるのは、金でないだけで、金よりずっと、取り返しのつかぬものばかりじゃ。

金は、また、働けば、戻る。じゃが、削られた刻は、戻らぬ。一度、外へ渡した身元は、こちらの手には、戻らぬ。奪われた注意の断片も、拾い集められぬ。「タダより高いものはない」とは、まさに、このことよ。そなたは、いちばん安い“金”を惜しんで、いちばん高い“刻・注意・身元”を、気前よく、差し出してはおらぬか。この三つを差し出す値打ちが、その無料に、本当にあるのか――そこを、問え。

「無料」で釣り、要らぬ物を売りつける手口

ここで、世の“釣りの無料”が、どう仕組まれておるかを、少し、明かしておこう。耳に留めておけ。もっとも、よくある手口は、こうじゃ。まず、「無料」で、そなたを、呼び込む。警戒の解けたそなたが、中へ入る。そこから先が、本番よ。タダで呼び込んだそなたに、後から、金のかかる物を、次々と、勧めていく。

厄介なのは、無料でひとたび受け取ってしまうと、そなたの心に、妙な“借り”の感覚が、生まれることじゃ。「タダで、これだけしてもらったのだから、少しは、応えねば」――そう、義理のような気持ちが、うっすら、湧く。売る側は、それを、よう知っておる。無料という“貸し”を、先に、そなたに背負わせておいて、その借りを、後から、金で、返させる。あるいは、「無料のお試し」と称して、はじめに、そなたの支払いの手立てを、握っておき、期限が過ぎた途端、黙って、金を引きはじめる。そなたが、忘れておることを、あてにして、な。“最初の無料”は、後の“いくつもの有料”を、そなたに背負わせるための、撒き餌であることが、ある。この一点は、心の隅に、刻んでおけ。

じゃからといって、あらゆる無料を、疑って、拒めとは言わぬ。良き無料まで、遠ざけては、もったいない。わしが言うておるのは、ただ一つ。無料に手を伸ばす前に、「この先、何を、勧められることになるか」を、いっとき、想え。撒き餌の先に、釣り針が付いておるか、付いておらぬか。それを、いちど、想うてみよ。想える者は、餌だけ、そっと避けて、通れる。想わぬ者だけが、針ごと、飲み込む。

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【独自】“ただの無料”と“釣りの無料”の見分け

ここからは、この「金運の社」独自の指南じゃ。無料を、頭から拒めとは言わぬ。良き無料は、そなたの暮らしを、助けもする。じゃが、そなたには、身を守る物差しが要る。視鬼が、「ただの無料」と「釣りの無料」を見分ける、たった一つの問いを、授けてやろう。「無料」の二文字に、手が伸びかけたら、その手を止めて、こう問え。

「これは、何と“引き換え”の無料か。この先、私は、金・刻・注意・身元の、どれを差し出すことになるか」――と。もし、引き換えに差し出すものが、はっきり見えず、後からじわじわ何かを取られる気配があるなら、それは、釣りの無料よ。二文字に、飛びつくな。じゃが、引き換えが、たとえば「試しに使うだけ」と、はっきりしていて、後の縛りもないなら――それは、まっとうな無料じゃ。受け取ってよい。その見分けを、下の心得に、括っておく。

こんな「無料」は視鬼の見立て
「タダだから」だけで、要る要らぬを問わず飛びつく関所素通り。まず、要るかを問え。
無料と引き換えに、名・住まい・連なりを書かせる身元を払っておる。渡す値打ちを問え。
「無料お試し」で、先に支払いの手立てを握らせる釣りの気配。いつ金が動くか、確かめよ。
引き換えが明らかで、後の縛りも金もないまっとうな無料。受け取ってよい。

肝は、「タダかどうか」でなく、「何と引き換えのタダか」で見ることよ。売る側は、そなたに“0円”だけを見せ、その裏で払わせる“刻・注意・身元”から、目をそらさせる。ならば、そなたは、あえて、その引き換えの中身を、まっすぐ見よ。引き換えを言える者は、撒き餌の針に、かからずに済む。

身を守る一手――「これは何と引き換えの無料か」と問え

では、釣りの無料から、どう身を守るか。そなたに授ける作法は、たった一つ。「無料」の二文字に、心が動いたら、飛びつく前に、こう問え。――「これは、まことに、タダか。タダでないとしたら、私は、何を、払うことになるのか」とな。金でない“見えぬ支払い”を、あえて、目に見えるところへ、引きずり出すのじゃ。

この問いは、単純に見えて、よう効く。なぜなら、「無料」で溶けた警戒は、“金の支払い”ばかりに、目を向けさせるからよ。「金は、かからぬ」――そこだけ見て、安心してしまう。そこへ、「では、刻は。注意は。身元は。この先の勧めは」と問えば、隠れておった支払いが、ぞろぞろと、姿を現す。そのうえで、なお、「この無料は、これだけ払っても、受け取る値打ちがある」と腹から言えるなら――受け取れ。良き無料じゃ。じゃが、引き換えに払うものを並べてみて、「これは、割に合わぬ」と見えたなら、二文字がどれだけ甘くとも、静かに、手を、引け。

むろん、世を、疑いだらけで生きよとは言わぬ。そんな暮らしは、寒い。わしが言うておるのは、ただ一つ。「無料」を、二文字のまま、丸ごと飲み込むな。いったん、“何と引き換えか”という物差しに、かけ直せ。この一手ができる者は、タダの甘さに、刻も身元も吸われず、それでいて、まことに良き無料は、ちゃんと、受け取れる。撒き餌に、警戒を溶かされるな。溶けかけたら、この問いで、もう一度、立て直せ。

結びに――ただより高いものはない、と肝に銘じよ

最後に、この読みものを開いてくれたそなたへ、この連載の副題に掲げた、あの一言を、もう一度、渡しておく。――「金を払わぬ代わりに、そなたは“もっと高いもの”を払っておる」とな。

「無料」の二文字は、そなたの“要る・要らぬ”の関所を、いとも簡単に、素通りさせる。金を取らぬ商いは、必ず、どこかで稼いでおり、無料は、たいてい、その入口にすぎぬ。そなたが、金を払わぬ代わりに差し出しておるのは、刻と、注意と、身元――金は戻せど、これらは、戻せぬ。撒き餌の先には、釣り針が付いておることも、ある。ならば、二文字を丸飲みするな。「これは、何と引き換えの無料か」と、問え。引き換えを言える者だけが、餌を避けて、通れる。

わしは、甘い言葉は言わぬ。じゃが、そなたが、いちばん安い“金”を惜しんで、いちばん高い“刻・注意・身元”を、気前よく差し出し、撒き餌の針を、次々と飲み込んでいくのを、黙って見過ごしはせぬ。今、袖を引いておるのは、そのためよ。この視鬼の連載――「お得」の餌に釣られる者への「ポイント」「〇〇%還元」に釣られ、要らぬ物まで買い込むそなたへ、「今すぐ」に急かされる者への「今だけ」「限定」「残りわずか」に急かされ、要らぬ物を買うそなたへも、そなたが甘い言葉から、自分の暮らしを取り戻すための、同じ袖引きじゃ。あわせて読め。心がざわつき、「タダだから」と手が伸びそうな日は、今日のおみくじを一枚引いて、はやる手を、ひと呼吸、止めるがよい。占いは、すがるための道具ではない。「今日は、タダの甘さに、刻も身元も渡さぬ」と、己に約束するための杭じゃ。――なお、ここで語ったのは心の話であって、個々の勧誘や契約の是非を説くものではない。おかしいと感じたら、公的な窓口や専門の者に、遠慮なく相談せよ。逃げたくなったら、いつでも戻ってこい。何度でも、袖を引いてやる。

※本記事は占い・風水・古くからの言い伝えを、娯楽の範囲でご紹介するものです。記載の内容は効果や結果を保証するものではありません。宝くじ等の当選を保証するものではなく、ゲン担ぎ・縁起としてお楽しみください。暦(吉日)は流派・暦により差が出る場合があるため、実際の日付は最新の暦でご確認ください。健康・体調に関する判断は専門家にご相談ください。一部にプロモーション(PR)を含みます。