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【月詠みの母のコラム】人と比べて落ち込む夜に|あの人の羽振りは、あなたの物差しではありません

月は、他の月とくらべて欠けたりはしません

コラム連載
月詠みの母包容・安心夜そっと灯りをともすように、お金の不安をやわらげる母のような語り手。主な発信:Instagram・LINE ・ プロフィールを見る →

こんばんは。月詠みの母です。今夜も、眠れずにいますか。……さっき、なんとなく開いたスマホの画面に、だれかの楽しそうな写真が並んでいて、そっと閉じたあと、胸の奥が、ずんと重くなった。そんな夜ではありませんか。友だちの海外旅行。同級生が建てた、大きな家。後輩の、羽振りのいい暮らし。会社の誰かの、余裕のある笑顔。――それを見るたび、心のなかで、あの声がします。「それにくらべて、わたしは」。みんなが、どんどん前へ進んでいくのに、自分だけが、暗い場所に取り残されている気がして、涙がにじむ。今夜は、その、人と比べて落ち込んでしまう痛みについて、母と一緒に、そっと見つめてみましょうね。

この記事のポイント・SNSや周りと比べて落ち込み、眠れなくなる夜のためのコラムです
・比べて見ているのは相手の「見せている部分」だけ――物差しを他人に握らせている状態です
・あなたの価値は誰かと並べて測るものではない、と物差しを自分の手に取り戻すための手紙です
・本コラムは娯楽・言い伝え・心の傾向を扱う読みものです。家計の具体的な判断は、必要に応じて専門家にご相談ください

月詠みの母包容・安心

だいじょうぶ。今夜は、あなたが自分をだれかと並べて、小さく感じてしまう、その痛みのお話をしますね。責めたりしません。ただ、あなたが握らされている“他人の物差し”を、そっと、あなたの手に返してあげたいのです。

スマホを閉じたあと、胸がずんと重くなる、その夜に

だれかの幸せそうな暮らしを見たあと、素直に「よかったね」と思える日も、あるでしょう。でも、心が疲れている夜には、そうはいきませんよね。友だちの旅行の写真。同僚の新しい車。SNSに流れてくる、きらきらした誰かの日常。――それを見た瞬間、おめでとうと思う前に、胸の奥が、きゅっと縮こまる。そして、条件反射のように、あの言葉が浮かんでくるのです。「それにくらべて、わたしは、なにをやっているんだろう」。

比べたあとに残るのは、いつも、みじめさと、焦りと、少しの自己嫌悪です。「こんなことで落ち込む自分が、器の小さい人間に思えて、いやになる」。あなたはきっと、比べてしまう自分を、責めてもいるのですね。――でも、今夜、まず母がお伝えしたいのは、これです。人と比べて落ち込んでしまうのは、あなたの心が卑しいからでは、けっしてありません。それは、あなたが「もっとちゃんとしたい」「大切な人を、安心させたい」と、真剣に願っているからこそ、うずく痛みなのですよ。どうでもいい人生なら、人と比べて、こんなに胸を痛めたりはしないのですから。

あなたが比べているのは、相手の「見せている部分」だけです

少し、核心に触れますね。あなたが今夜、まぶしく見上げていた、あの人の華やかな暮らし――それは、その人の人生の、いちばん見せたい一枚だけを、切り取ったものだということを、思い出してほしいのです。

だれも、うまくいっていない日のことは、写真に撮りません。眠れない夜も、こっそり抱えた借金も、夫婦のいさかいも、明日の支払いへの不安も、SNSには、けっして流れてこない。あなたが見ているのは、他人の人生の、光の当たった、ほんの一角だけ。それも、いちばんきれいに見えるように、そっと角度をつけられた一枚です。――あなたは、他人の“予告編のいいところだけ”を見て、自分の“本編の、舞台裏のぜんぶ”と、比べているのですよ。それでは、負けた気がして当たり前です。だって、比べているものが、そもそも、まったく釣り合っていないのですから。

羽振りのいいあの人にも、あなたには見えていない、夜があります。大きな家のローンに、こっそり胸を痛めているかもしれない。きらびやかな暮らしの裏で、だれにも言えない孤独を、抱えているかもしれない。――だから、こう覚えておいてくださいね。あなたが見ているのは、相手の人生の“結論”ではなく、相手が“見せたい部分”だけ。その一枚を根拠に、自分の人生ぜんぶを、低く採点する必要は、どこにもないのですよ。

比べるとは、あなたの物差しを、他人に握らせることです

母が、いちばんお伝えしたいのは、ここです。人と比べて苦しくなるとき、あなたは、知らないうちに、自分の価値を測る“物差し”を、他人の手に、そっくり握らせてしまっているのですよ。

「あの人より、お金がない」「あの人より、いい暮らしができていない」――そう考えるとき、あなたの幸せや値打ちを決めているのは、もう、あなた自身ではありません。となりのだれか、SNSのだれか、他人の暮らしぶりが、あなたの気分を上げたり、下げたりしている。つまり、あなたの心の主導権を、あなたと関係のない他人に、まるごと明け渡してしまっているのです。他人の暮らしが上向けば落ち込み、下向けばほっとする。――それでは、あなたの心は、一生、他人の動向に振り回されて、休まる暇がありません。

そして、いちばん切ないのは、こういう比べ方をしているかぎり、たとえあなたがどれだけ手に入れても、けっして満たされない、ということです。上には上がいます。どんなにがんばっても、もっとお金を持っている人、もっといい暮らしをしている人は、必ずどこかにいる。他人を物差しにするかぎり、ゴールは永遠に逃げつづける。――だから、今夜、母があなたにしてあげたいのは、たったひとつ。他人に握らせてしまった、あなたの物差しを、そっと、あなた自身の手に、返してあげることなのです。

月は、ほかの月とくらべて、欠けたりはしません

空を見上げてごらんなさい。今夜の月は、今夜の月のかたちで、静かに光っていますね。半分だけの月も、細い三日月も、まんまるのお月さまも、それぞれのかたちで、じゅうぶんに美しい。――お月さまは、けっして、「あっちの星のほうが明るいから」といって、自分を恥じたり、無理に大きくなろうと焦ったりは、しません。ただ、今夜あるべき、自分のかたちで、あるがままに、そこにいる。それだけで、下を歩く人を、そっと照らしているのです。

あなたも、同じなのですよ。今のあなたには、今のあなたの、光り方があります。人よりお金がある・ないで、あなたの光は、増えも減りもしません。あなたの値打ちは、だれかと並べて測った“差”のなかにあるのではなく、あなたが、あなたであること、そのもののなかにあるのです。細い三日月の夜だって、月は月。今、あなたが、少し欠けているように感じる夜だとしても、あなたが、あなたであることの値打ちは、みじんも欠けてなどいないのですよ。

それにね、月は、満ちたり欠けたりをくり返して、めぐっていくものでしょう。今が、少し細く見える時期だとしても、それは「ずっとこのまま」ではありません。人の暮らしも、お金の巡りも、月と同じ。満ちる時期があれば、静かに力をためる時期もある。今のあなたは、次に満ちるための、大切な“ためる時期”にいるだけかもしれないのですよ。だから、どうか、今夜の欠けを、あなたの一生の結論だと、思い込まないでくださいね。

あなたが本当にほしいのは、お金ではなく「安心」かもしれません

ここで、ひとつ、やさしく尋ねさせてください。あなたが、あの人の羽振りを見て、うらやましいと感じたとき――ほんとうにほしかったのは、あの人と“同じ金額”だったでしょうか。それとも、あの人が持っているように見えた“安心”や“余裕”や“認められている感じ”のほう、だったでしょうか。

多くの場合、わたしたちが人の豊かさをうらやむとき、ほしいのは、お金の“数字”そのものではないのです。ほしいのは、その奥にある、「もう、お金のことで、びくびくしなくていい」という安心。「わたしも、ちゃんとやれている」という手ごたえ。「大切な人を、守れている」という誇り。――お金は、あくまで、その安心の“入れ物”のひとつにすぎません。だとしたら、あなたが今夜、ほんとうに満たしたいのは、他人と同じ金額ではなく、あなた自身の、心の安心のほう、なのですよ。

そして、安心というものは、じつは、他人との“差”からは、けっして生まれません。他人より上に立てば安心できる、と思っているうちは、上にはきりがなくて、いつまでも安心できないのです。ほんとうの安心は、他人ではなく、あなた自身との関係のなかから、静かに育っていきます。「今日も、わたしはわたしなりに、ちゃんとやれた」。その小さな実感を、毎日ひとつずつ、自分に手渡してあげること。――それこそが、どんな羽振りのよさよりも、あなたを深いところから支えてくれる、本物の豊かさなのですよ。

「うらやましい」の奥にある、あなたの本当の願いを聞く

「うらやましい」という気持ちを、悪いものとして、押し殺す必要はありませんよ。じつは、うらやましさは、あなたの心が発している、大切な“合図”でもあるのです。あなたが、なにを本当に大切に思い、なにを心から願っているのか――それを、こっそり教えてくれる、心の羅針盤なのですよ。

たとえば、友だちの家族旅行の写真が、たまらなくうらやましいなら、あなたはきっと、「大切な人と過ごす、あたたかい時間」を、心から求めているのでしょう。だれかの余裕のある暮らしがまぶしいなら、あなたはきっと、「お金に追われない、穏やかな心」に、憧れているのでしょう。――だから、うらやましさを感じたら、自分を責めるかわりに、こう問いかけてあげてください。「わたしは、あの人の“なに”が、うらやましいんだろう。ほんとうは、どんな暮らしを、心から望んでいるんだろう」と。うらやましさを、みじめさで終わらせるのではなく、自分の本当の願いを知る、やさしい手がかりに変えていく。そうすれば、他人の暮らしは、あなたを傷つけるものではなく、あなたの進みたい方角を教えてくれる、静かな道しるべに変わっていくのですよ。

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今夜できる、比べない、いちばん小さな練習

大きなことは、今夜はいりません。今夜あなたにしてほしいのは、たったふたつの、小さな練習です。

ひとつめ。心が疲れている夜は、そっとスマホを、伏せておくこと。他人の“見せたい一枚”を、無防備な夜の心に、これ以上、浴びせないであげてください。眠れない夜に、SNSをめくって、他人の光と自分の影を見くらべるのは、傷口に、そっと塩をすりこむようなものです。今夜だけは、画面を閉じて、他人の物差しを、いったん、あなたの手元から遠ざけましょう。

ふたつめ。そのかわりに、今日一日のなかで、あなたが、あなたなりに、ちゃんとやれたことを、ひとつだけ、思い出してあげてください。どんなに小さなことでも、いいのです。今日も、ちゃんと起きて、一日を務めた。だれかに、やさしい言葉をかけた。ためていた用事を、ひとつ片づけた。――他人と比べれば、なんでもないことに見えるかもしれません。でも、それは、あなたが、あなたの人生を、今日も、ちゃんと生きた、たしかな証です。「今日も、わたしなりに、よくやった」。そう、自分に、そっと言ってあげてください。他人との“差”を数えるのをやめて、自分の“歩み”を数えはじめること。それが、他人に握らせた物差しを、あなたの手に取り戻す、いちばん確かな一歩なのですよ。

お金の巡りは、他人を追う人より、自分の歩みを進める人に

むかしから、お金は「他人を追えば逃げ、自分の道を歩けば巡る」といわれてきました。もちろん、これは言い伝えの範囲のお話です。それでも母は、この言葉のなかに、暮らしの確かな知恵がこもっていると感じています。

他人と自分を比べて焦っているとき、わたしたちは、つい、他人の真似をしようとします。あの人が儲けた話にとびつき、あの人が持っているものを、無理をしてでも手に入れようとする。――でも、他人の物差しに合わせて選んだものは、たいてい、あなたの心を、深いところでは満たしてくれません。それどころか、背伸びした出費で、かえって、お金の巡りを乱してしまうこともあるのです。反対に、他人と比べるのをやめて、「わたしは、どう生きたいか」という、自分の歩みに集中しはじめたとき、ふしぎと、あなたにふさわしいご縁や機会が、静かに巡ってきやすくなる。お金の巡りは、他人の背中ばかり見ている人より、自分の足元を、一歩ずつ確かめて歩く人に、宿りやすいのかもしれませんね。

だから、今夜あなたが、他人と比べるのをやめて、自分の歩みに目を戻すことは、けっして負けを認めることではありません。それはむしろ、あなたにふさわしい豊かさを、受け取れる自分に、戻っていくための準備なのです。他人を見上げて縮こまっていた背中を、そっと伸ばして、あなた自身の道を、まっすぐ見つめてあげましょうね。

朝の小さな灯りと、自分の“比べ癖”を、やさしく知る

つらい夜を越えて、朝が来たら、どうか、ほんの小さな“前向きの灯り”を、ひとつ、暮らしにともしてあげてください。金運の社では、生まれ年や誕生日から占う今日の金運を、毎朝そっとお届けしています。他人の暮らしと比べて始まる朝ではなく、「今日の“わたし”の運は、どうかな」と、自分自身に目を向けて始まる朝は、きっと、少しだけ、あたたかいものです。今日のあなたに、ひとことお守りのような言葉がほしいときは、今日のおみくじを、そっと引いてみてくださいね。

そして、「わかっていても、また比べて、また落ち込んでしまう」という夜がつづくなら――人には、それぞれ、なぜ・どんなときに、人と比べて苦しくなりやすいか、という“くせ”があります。金運の社の金運タイプ診断は、あなたがお金や豊かさに、どんな意味をこめやすいか、その傾向を、やさしく映す鏡です。自分のくせが分かると、「だから私は、こういう場面で、人と比べて苦しくなりやすかったのね」と、腑に落ちる瞬間が訪れます。責めるためではなく、いたわるために、自分を知る。それも、他人の物差しを手放して、自分の物差しを取り戻す、確かな一歩なのですよ。

明日のあなたへ――結びにかえて

ここまで読んでくれて、ありがとうね。今夜のあなたに、母から伝えたいことは、たったひとつです。あの人の羽振りは、あなたの価値を測る物差しには、なりません。あなたの光は、だれかと並べて、増えも減りもしないのですよ。あなたは、あなたであるだけで、じゅうぶんに、この夜を照らす、ひとつの月なのです。

あなたは、心が卑しかったのではありません。ただ、真剣に生きたいと願うあまり、いつのまにか、自分の物差しを、他人の手に、預けてしまっていただけ。それに気づけた今夜のあなたは、もう昨日のあなたとは、少しちがいます。他人と比べる痛みは、今すぐには消えないかもしれません。でも、自分の歩みを、ひとつ数えるたびに、あなたはちゃんと、あなた自身の道に、戻っています。あせらず、ひとつずつ。他人を追うのをやめて、自分の足元を照らして歩くあなたのもとへ、あなたにふさわしい豊かさが、静かに巡ってきますように。

このコラムは、これからも折にふれて、あなたの夜に、手紙を書きつづけますね。人と比べて、胸が重くなる夜には、いつでも、ここへ戻ってきてください。母は、いつでもここで、あなたが、あなた自身の光を、少しずつ思い出していくのを、月あかりの下で見守っています。――さあ、今夜は、スマホを伏せて、空の月を、ひとめだけ見上げてみましょうか。どうか今夜は、あたたかくして、ゆっくりおやすみなさいね。また、次の手紙で。

※本コラムは、心の傾向や言い伝えをやさしく綴る読みものです。家計や暮らしの具体的なご判断については、必要に応じて専門の窓口にご相談くださいね。

※本記事は占い・風水・古くからの言い伝えを、娯楽の範囲でご紹介するものです。記載の内容は効果や結果を保証するものではありません。宝くじ等の当選を保証するものではなく、ゲン担ぎ・縁起としてお楽しみください。暦(吉日)は流派・暦により差が出る場合があるため、実際の日付は最新の暦でご確認ください。健康・体調に関する判断は専門家にご相談ください。一部にプロモーション(PR)を含みます。