こんばんは。月詠みの母です。今日は、どんな一日でしたか。……ねえ、あなた。ひとつ、聞かせてくださいね。今日、あなたは、何かにお金を使いましたか。そのとき、心のどこかが、ちくりと痛みませんでしたか。ほしかったものを手に入れたはずなのに、なぜか胸が晴れない。自分のために少しだけ使ったのに、あとから「贅沢したかな」「よくなかったかな」と、こっそり自分を責めてしまう。――お金を使うことが、まるで、いけないことのように感じられて、レジの前や、買い物のあとに、いつも小さな罪悪感がついてまわる。そんなあなたに、今夜、母はどうしても伝えたいことがあるのです。あなたがお金を使うことは、悪いことでは、ないのですよ。まず、その思い込みを、母と一緒に、そっと床に置くところから、始めましょうね。
・その罪悪感は、あなたが真面目に、誠実に生きてきた証――責める必要はありません
・使うことは悪ではなく、いのちの時間を、暮らしの喜びに変える行いです
・本コラムは娯楽・言い伝え・心の傾向を扱う読みものです。家計の具体的な判断は、必要に応じて専門家にご相談ください
月詠みの母包容・安心
まず、ひとつだけ手放してみましょうか。「お金を使う私は、いけない子だ」――もし、そんな声が胸の奥にいるのなら、今夜だけは、その声から、少し離れて座りましょうね。あなたは、悪いことなど、何もしていないのですよ。母がとなりで、ゆっくり、ひとつずつ、ほどいていきますからね。
「使ってしまった」――その胸の重たさを、母は知っています
お金を使ったあとに、ふっと胸の奥が重くなる。あなたも、覚えがあるでしょう。レジで財布を開くとき、少しだけ指がためらう。ほしかった服を買って帰る道すがら、うれしいはずなのに、なぜか足取りが軽くならない。ちょっといいお茶を、自分のために買っただけなのに、家に着くころには「やっぱり、いらなかったかな」と、こっそり後悔している。――お金を出すたびに、うれしさより先に、「使ってしまった」という、あの重たい気持ちが、胸にすとんと落ちてくる。
それは、みぞおちのあたりが、きゅっと縮こまるような感覚かもしれませんね。あるいは、買い物袋を持つ手が、いつのまにか少し重くなっているような。人によっては、家族に「これ、買ったの」と言うのが、なぜか少し後ろめたくて、こっそりバッグにしまってしまう、なんてこともあるでしょう。――今夜、母がまずお伝えしたいのは、この一言です。その罪悪感は、あなたが浪費家だからでも、だらしないからでも、ありません。むしろ、あなたが、お金というものに、とても誠実に向き合ってきた、そのやさしい心の、裏返しなのですよ。だから、どうか、その気持ちを持つ自分を、これ以上、責めないでくださいね。
その罪悪感は、あなたが真面目に生きてきた証です
少しだけ、あなたの胸のなかを、母と一緒にのぞいてみましょうね。お金を使うたびに罪悪感がわく人というのは、たいてい、こういう人です。無駄づかいをしないように、いつも気をつけている人。家計のことを、いつも頭の片隅で考えている人。「自分だけ、いい思いをしてはいけない」と、まわりを気づかう人。――どうでしょう。あなたも、そうではありませんか。
つまり、あなたの罪悪感は、いいかげんな人には、決してわいてこないものなのです。お金を軽く見て、あるだけ使ってしまう人には、あの胸の痛みは、訪れません。あなたが使うたびに胸を痛めるのは、あなたが、お金というものを、それだけ大切に、真剣に扱ってきたから。ひとつひとつのお金を、けっしてぞんざいにしてこなかった、その誠実さの、あかしなのですよ。
だから、まず、これだけは覚えておいてください。あなたは、いけない子では、ありません。あなたは、だらしない人でも、ありません。ただ、とても真面目で、とても律儀な心を持っているからこそ、お金を使う場面で、その真面目さが、少し強く出すぎてしまっているだけなのです。真面目さは、あなたの宝です。ただ、その宝が、ときどき、あなた自身に、少し厳しくしすぎてしまう。今夜は、その厳しさを、ほんの少しだけ、ゆるめてあげましょうね。
「使う=いけないこと」は、いつ、あなたの心に住みついたのでしょう
ここで、少しだけ、静かに思い出してみましょうか。あなたの胸のなかに住んでいる、「お金を使うのは、いけないこと」という、あの声。あれは、生まれたときから、あなたのなかにあったものでは、ないはずなのです。どこかで、いつのまにか、あなたの心に住みついた、誰かの声かもしれません。
たとえば、子どものころ。何かをほしがったとき、「うちには、そんなお金はないの」と、困った顔をされたこと。ほしいものを口にすると、家の空気が、少し重くなったこと。がまんすると、ほめられたこと。――あるいは、「お金を使うのは悪いこと」「ほしがるのは、はしたない」という言葉を、まわりの大人から、くり返し聞いて育ったのかもしれませんね。そういう小さな記憶が、あなたの心の奥に、そっと種をまいて、「使う=悪い」という思い込みを、静かに育ててきたのかもしれません。
もし、そうだとしたら――その思い込みは、あなた自身が、心から信じて選んだものではなく、いつのまにか、あなたに手渡されたものだったのかもしれませんね。子どものあなたは、それを疑うことなど、できませんでした。でも、今のあなたは、もう、大人です。手渡されたその思い込みを、「これは、本当に、今の私に必要なのかしら」と、そっと手のひらにのせて、あらためて見つめなおすことが、できるのですよ。今夜は、その古い声に、こう言ってあげましょう。「教えてくれて、ありがとう。でも、もう、私は、自分の頭で選べるから、だいじょうぶよ」と。
必要なものにまで罪悪感を出すと、暮らしが、だんだん痩せていきます
ここで、母が少しだけ、心配していることを、お話しさせてくださいね。お金を使う罪悪感が強くなりすぎると、あるとき、こんなことが起きてきます。――本当は必要なものにまで、お金を出すのが、こわくなってしまうのです。
疲れているのに、体をいたわる時間に、お金を使えない。ずっと我慢して、ぼろぼろになった靴を、買い替えられない。少し高くても、心が喜ぶものを選ばず、いつも、いちばん安いものだけで、自分をなだめる。――こうして、必要なものにまで「使ってはいけない」とブレーキをかけつづけると、暮らしは、少しずつ、少しずつ、乾いて、痩せていってしまうのです。まるで、水をやるのをためらいすぎて、鉢の花が、しおれていくように。
お金は、ためておくためだけに、あるのではありません。もちろん、備えは、とても大切です。母も、それを軽く見ているのではありませんよ。でも、それと同じくらい、お金は、あなたの毎日を、あたたかく、心地よくするために、使ってよいものでもあるのです。あなたが、あなた自身の暮らしを、ほんの少し満たしてあげること。それは、贅沢でも、わがままでも、ありません。しおれかけた鉢に、そっと水をやるのと、同じことなのですよ。あなたの暮らしという鉢を、あなたが乾かしたまま、放っておく必要は、どこにもないのです。
お金を使うことは、「いのちの時間」を、喜びに変えることです
ここで、母が、お金というものを、どんなふうに見ているか、少しお話しさせてくださいね。あなたが手にしているそのお金は、いったい、どこから来たのでしょう。それは、あなたが、朝早く起きて、働いた時間。疲れた体で、ふんばった一日。誰かのために、心をくだいた、あなたの誠実さ。――お金というのは、あなたのいのちの時間が、かたちを変えたものなのです。
そして、そのお金を使うということは、あなたのいのちの時間を、暮らしの喜びに、変えるということ。あたたかい食事に変える。心がほっとする一杯のお茶に変える。疲れをいやす、ひとときの休息に変える。大切な人の、笑顔に変える。――それは、けっして、「消えてなくなる」ことでは、ないのですよ。あなたが流した汗が、めぐりめぐって、あなたの暮らしの、あたたかさに、戻ってきているのです。
だから、お金を使うとき、どうか、こんなふうに思ってみてください。「私は今、私のいのちの時間を、ひとつの喜びに、変えているのだ」と。そう思えたなら、罪悪感の代わりに、そこには、静かな感謝が生まれるかもしれません。「よく働いてくれた、私のお金。ありがとう。今日は、あなたを、この喜びに変えさせてもらうね」と。――使うことは、罪では、ないのです。それは、あなたが積み重ねてきた時間を、いとおしく味わう、大切な行いなのですよ。
今夜、ひとつだけ、「罪悪感なしで使ってみる」練習を
それでは、今夜――いえ、今夜すぐでなくてもよいのです、近いうちに、母と一緒に、ひとつだけ、小さな練習をしてみませんか。むずかしいことは、何もいりません。ひとつだけ、罪悪感を持たずに、お金を使ってみるという、小さな練習です。
大きな買い物でなくて、いいのです。むしろ、小さいほうがいい。いつもは我慢している、少しだけいいお茶。読みたかった一冊の本。ずっと気になっていた、小さな花ひとつ。――金額の大きさは、関係ありません。大切なのは、それを買うとき、そして使ったあとに、「使ってしまった」ではなく、こう心のなかで、つぶやいてみることです。「私は今、私を、ひとつ、大切にした」と。
そして、もし、いつもの罪悪感が、また顔を出してきたら――追い払わなくて、いいのですよ。ただ、こう声をかけてあげてください。「あなたが、私を心配してくれているのは、分かっているよ。ありがとう。でも、これは、無駄づかいじゃないの。私が、私を、大切にするための、いいお金の使い方なの。だから、今日は、安心してね」と。――罪悪感を、敵にしなくていいのです。それは、あなたを守ろうとしてきた、古い見張り番。その見張り番に、「もう、そんなに気を張らなくていいよ」と、やさしく休息を与えてあげる。その小さな練習を、ひとつずつ重ねるたびに、あなたの胸は、少しずつ、軽くなっていくはずですから。
自分に使うお金は、「浪費」ではなく、明日を生きる自分への贈りものです
お金を使う罪悪感のなかでも、いちばん強く出やすいのが、じつは、「自分のために使うお金」なのですよね。人のためなら、気持ちよく出せる。家族のためなら、ためらわない。でも、自分のためとなると、とたんに、指が止まる。「自分なんかに、こんなにお金をかけて、いいのかしら」と。――もし、あなたが、そうだとしたら、母は、そっと、あなたの手を握って、こう言いたいのです。あなたに使うお金は、いちばん、大切なお金なのですよ、と。
考えてみてくださいね。あなたが、明日も元気に働けること。あなたが、心をすり減らさずに、笑っていられること。あなたが、健やかでいてくれること。――それは、あなた自身にとってはもちろん、あなたのまわりの大切な人たちにとっても、いちばんの、宝ではありませんか。あなたが、あなたをいたわるために使うお金は、消えてなくなる「浪費」では、ありません。それは、明日も、あさっても、大切な人のそばで笑っていられる自分を、育てるための、贈りものなのです。
あなたは、いつも、まわりの人を、いちばんに考えてきたのでしょうね。その優しさは、本当に、尊いものです。でも、母は思うのです。その優しさの輪の、いちばん外側に、あなた自身が、いつも置き去りにされてはいないでしょうか。今夜からは、その輪のなかに、あなた自身も、そっと入れてあげてくださいね。あなたを大切にすることは、まわりの誰かの何かを、奪うことでは、ありません。むしろ、あなたが満たされているほど、あなたの優しさは、涸れることなく、まわりへと、あふれていくものなのですよ。
お金は、しぶしぶ手放すより、気持ちよく送り出すと巡るといいます
むかしから、お金は「気持ちよく使うところに、めぐってくる」といわれてきました。もちろん、これは言い伝えの範囲のお話で、笑って使えば、すぐにお金が増える、という単純なものではありません。それでも母は、この言葉のなかに、暮らしの確かな知恵が、こもっていると感じています。
罪悪感を抱えたまま、しぶしぶ、うつむいてお金を手放すとき、わたしたちの心は、ぎゅっと縮こまっています。「減ってしまう」「もったいない」――そんな不足の気持ちで、あたりが、いっぱいになる。すると不思議なもので、そういうときほど、お金は、なんだか、こわばった、味気ないものに見えてきてしまうのです。反対に、「ありがとう、いってらっしゃい。またご縁があったら、帰っておいで」と、感謝とともに、気持ちよく送り出せたとき――お金との付き合いは、ふっと、あたたかく、風通しのよいものに変わっていきます。
お金だって、たぶん、しかめっ面で、しぶしぶ手放される場所より、笑顔で、ありがとうと送り出してくれる場所のほうへ、また帰ってきたくなる。――そんなふうに考えると、少し、心が軽くなりませんか。あなたが、罪悪感をほどいて、気持ちよくお金を使えるようになることは、けっして、無駄づかいへの道ではなく、お金と、あたたかく長く付き合っていくための、確かな一歩なのですよ。締めつけて握りしめた手のひらより、ふっとゆるんで開いた手のひらにこそ、良い巡りは、そっと舞い降りるのかもしれませんね。
なぜ、あなたはこんなに罪悪感を出しやすいのか、やさしく知る
とはいえ、「わかっていても、また使うたびに、胸がちくりとしてしまう」という日は、きっとあるでしょう。人には、それぞれ、お金に対して、心が強く反応してしまう“くせ”があります。ある人は、減ることに人一倍おびえ、ある人は、自分のために使うことに極端な罪悪感を持ち、ある人は、「贅沢は悪」という思い込みを、人より深く抱えている。――くせが違えば、その胸のほどき方も、変わってくるのですよ。
金運の社の金運タイプ診断は、あなたがお金に、どんな気持ちや意味をこめやすいか、その傾向を、やさしく映す鏡のようなものです。自分のくせが分かると、「ああ、だから私は、使うたびに、こんなに胸が痛くなりやすかったのね」と、腑に落ちる瞬間が訪れます。責めるためではなく、いたわるために、自分を知る。「私が、いけない子なんじゃなくて、こういう感じ方をしやすい人なんだ」と分かるだけで、次にお金を使うとき、少しだけ、自分にやさしくなれるものです。それも、罪悪感をほどく、確かな一歩なのですよ。
朝が来たら、ほんの小さな灯りを、ひとつ――結びにかえて
ここまで読んでくれて、ありがとうね。よく、この手紙のところまで、たどり着いてくれました。今夜のあなたに、母から伝えたいことは、たったひとつです。お金を使うことは、悪いことではないのですよ。あなたは、あなたのいのちの時間を、暮らしの喜びに変えているだけ。何ひとつ、いけないことなど、していないのです。だから、どうか、これからは、財布を開くたびに、自分を責めるのは、もう、おしまいにしましょうね。
そして、朝が来たら――どうか、ほんの小さな“前向きの灯り”を、ひとつだけ、暮らしにともしてあげてください。金運の社では、生まれ年や誕生日から占う今日の金運を、毎朝そっとお届けしています。「今日は、この色を身につけてみようかな」――そんな小さな一語から一日を始めるだけで、うつむきがちだった朝の入り口が、少しだけ、上を向くものです。あるいは、今日のあなたに、ひとことお守りのような言葉がほしい朝には、今日のおみくじを、そっと引いてみてくださいね。良いことが起きるかどうか、ではないのです。良いお金の巡りを、笑顔で迎え入れる心の準備を、朝のうちに、そっと整えておく――そのための、小さな習慣なのですよ。
あなたは、罪深い人などでは、ありません。ただ、真面目で、律儀で、まわりを大切にしてきた、やさしい人。それに気づけた今夜のあなたは、もう昨日のあなたとは、少しちがいます。あせらず、ひとつずつ。使うたびに、そっと「ありがとう」と言えるあなたのもとへ、良い巡りが、少しずつ帰ってきますように。このコラムは、これからも折にふれて、あなたの胸に、手紙を書きつづけますね。――さあ、もう一度、ゆっくり息を吐いて。今日も、よく頑張りました。どうか、あたたかくして、ゆっくりおやすみなさいね。また、次の手紙で。
※本コラムは、心の傾向や言い伝えをやさしく綴る読みものです。家計や支出の具体的なご判断については、必要に応じて専門の窓口にご相談くださいね。
※本記事は占い・風水・古くからの言い伝えを、娯楽の範囲でご紹介するものです。記載の内容は効果や結果を保証するものではありません。宝くじ等の当選を保証するものではなく、ゲン担ぎ・縁起としてお楽しみください。暦(吉日)は流派・暦により差が出る場合があるため、実際の日付は最新の暦でご確認ください。健康・体調に関する判断は専門家にご相談ください。一部にプロモーション(PR)を含みます。

