こんばんは。月詠みの母です。今夜も、心のどこかが、そわそわと落ち着きませんか。……布団に入っても、「今日も、まだ足りなかった」「もっと稼がないと」という声が、頭のなかで、消えてくれない。せっかくの休みの日でさえ、のんびりしていると、なぜか胸がざわついて、「こんなことをしている場合じゃない」と、居ても立ってもいられなくなる。誰かに追いかけられているわけでもないのに、いつも、見えない何かに、背中を、ぐいぐいと押されているような――そんな毎日を、あなたは、どれくらい、走りつづけてきたのでしょうね。今夜、母は、あなたに、もっと頑張れとは、言いません。むしろ、その逆です。あなたはもう、じゅうぶん走っています。まず、その走りつづける足を、今夜だけは、そっと止めるところから、始めましょうね。
・その焦りは、あなたが責任感が強く、真剣に生きている証――なまけとは正反対です
・立ち止まることは脱落ではなく、もっと遠くまで歩くための、休息です
・本コラムは娯楽・言い伝え・心の傾向を扱う読みものです。収入や働き方の具体的な判断は、必要に応じて専門家にご相談ください
月詠みの母包容・安心
まず、ひとつだけ手放してみましょうか。「もっと、もっと」と、あなたの背中を追い立てるその声を、今夜だけは、少しうしろに置いて、腰をおろしましょうね。あなたは、なまけてなど、いません。むしろ、走りすぎて、息が上がっているのです。母がとなりで、あなたの呼吸が、ゆっくり整うのを、待っていますからね。
「まだ足りない」という声に、いつも追われていませんか
「もっと稼がなきゃ」という焦りは、不思議なもので、いくら働いても、けっして満たされてはくれないのですね。あなたも、覚えがあるでしょう。目標にしていた額に届いても、ほっとするのは、ほんの一瞬。次の瞬間には、もう「でも、まだ足りない」「これでは、この先が不安だ」と、次の心配が、顔を出してくる。頑張って手に入れたはずのものを、味わうひまもなく、また次の坂へと、走り出してしまう。――ゴールにたどり着いたと思ったら、そこに、また新しいゴールが、描かれている。まるで、地平線を追いかけているように、走っても走っても、その線は、同じだけ、遠ざかっていく。
そして、いちばんつらいのは、休んでいても、心が休まらないことです。体を休めているのに、頭のなかは、いつも仕事のことや、お金のことで、いっぱい。楽しいはずの時間にも、どこかで「こんなことをしていて、いいのだろうか」という、うしろめたさが、つきまとう。――今夜、母がまずお伝えしたいのは、この一言です。その、いくら稼いでも消えない焦りは、あなたが強欲だからでも、満足を知らないからでも、ありません。それは、たいてい、お金そのものではなく、その奥にある、もっと深い気持ちから、来ているものなのですよ。今夜は、その奥のほうを、母と一緒に、そっとのぞいてみましょうね。
その焦りは、あなたが真剣に生きている、なによりの証です
まず、これだけは、はっきりと申し上げておきますね。「もっと稼がなきゃ」と、自分を追い立ててしまうあなたは、けっして、なまけ者では、ありません。それどころか、正反対です。責任感が強く、まわりを守ろうとし、先のことまで、けんめいに考えている。――どうでもいい人は、こんなふうに、自分を追い込んだりは、しないものです。夜も落ち着かないほど「もっと」と願うのは、逃げずに、この暮らしを、この人生を、なんとかしようと踏ん張っている、誠実な人だけなのですよ。
あなたはきっと、これまで、たくさんの坂を、登ってきたのでしょうね。誰かのために、明日のために、歯を食いしばって、走ってきた。その頑張りは、本当に、尊いものです。母は、それを、心から、えらいと思っています。――でも、だからこそ、今夜は、ひとつだけ、思い出してほしいのです。あなたは、頑張りが足りないのではありません。むしろ、頑張りすぎて、心が、休むことを忘れてしまっているのです。ずっと全力で走りつづけている人ほど、自分が、どれだけ疲れているかに、気づけないもの。今夜必要なのは、自分を、もっと追い立てることではなく、走りつづけてきた自分に、「よく走ったね。少し、休もうね」と、そっと声をかけてあげることなのですよ。
その「もっと」は、お金がほしいのではなく、「安心」がほしいのかもしれません
ここで、少しだけ、深いところを、母と一緒に、のぞいてみましょうね。「もっと稼がなきゃ」と、あなたが感じるとき――ほんとうに、ほしいのは、お金そのものでしょうか。じっと、胸の奥を見つめてみると、そこにあるのは、もしかしたら、お金というより、「これで、もう、だいじょうぶ」という、安心なのではないでしょうか。
お金が、いくらあれば、あなたは、安心できるのでしょう。――じつは、この問いには、答えがないことが、多いのです。なぜなら、その焦りの正体が「不安」であるかぎり、お金がいくら増えても、その不安は、なかなか消えてくれないからです。不安というものは、金額で、埋められるものでは、ないのですね。だから、いくら稼いでも、「まだ足りない」という声が、鳴りやまない。――追いかけているのは、お金という数字の、そのまた奥にある、「もう、おびえなくていい」という、心の安らぎ。あなたが、ほんとうに、疲れ果てて、ほしがっているのは、じつは、それなのかもしれませんね。
もし、そうだとしたら――今夜、あなたに必要なのは、もう一段、稼ぐことではないのかもしれません。むしろ、「今の私は、じつは、もう、そこそこ、だいじょうぶなのかもしれない」と、いったん立ち止まって、確かめてみることなのかもしれない。走りながらでは、足元のことは、よく見えません。一度、足を止めて、あたりを見回してみると、「あれ、思っていたより、私は、ちゃんと立っていられているな」と、気づくことも、あるものなのですよ。
夜の頭は、「まだ足りない」を、三倍に膨らませる名人です
もうひとつ、大切なことを、お伝えしますね。あなたが、今、頭のなかで感じている「まだ足りない」「もっと稼がなきゃ」――その焦りは、たぶん、実物よりも、ずっと大きく、ずっと切実に、膨らんでしまっています。なぜなら、夜という時間は、焦りや不安を、実物の何倍にも大きく見せる、名人だからです。
昼の光のなかでは「まあ、なんとかやれているか」と思えたことが、夜、ひとりで静かにしていると、「このままでは、取り返しがつかない」というほど、大きな焦りに、育ってしまう。これは、あなたの感じ方が、おかしいのではありません。人の頭は、暗くて、静かで、疲れているときほど、足りないもの、できていないことのほうへと、目を向けるように、できているのです。だから、夜中に押し寄せてくる「もっと、もっと」という声は、たいてい、実物より、三倍は、切迫して聞こえています。夜の頭は、焦りを大きく見せる天才ですが、これからの働き方や、暮らしの大きさを、冷静に決める仕事には、まったく向いていないのですよ。
だから、今夜、あなたを追い立てているその声を、どうか、信じすぎないでくださいね。今のあなたに聞こえている「まだ足りない」は、夜という時間が、実物より、ずいぶん大きく響かせている、こだまかもしれません。その声にせかされて、今夜、無理な決意をする必要は、ありません。その重たい問いは、明るい朝の、しっかりしたあなたに、そっと預けておきましょうね。
立ち止まることは、脱落ではありません。もっと遠くへ行くための、休息です
あなたは、きっと、こわいのですね。立ち止まったら、置いていかれるのではないか。休んだら、これまで積み上げてきたものが、崩れてしまうのではないか。――だから、走ることを、やめられない。その気持ちは、母にも、よく分かります。でも、ひとつ、思い出してほしいのです。どんなに健脚な人でも、休まずに走りつづけて、遠くまで行けた人は、いないのですよ。
マラソンを走る人は、みんな、知っています。最後まで走りきるためには、途中で、水を飲み、息を整え、ときにはペースを、ゆるめる必要があることを。それは、負けでも、脱落でも、ありません。むしろ、より遠くの、ゴールまでたどり着くための、賢い走り方なのです。休まずに全力で飛ばした人は、たいてい、途中で、倒れてしまいます。あなたが今、心が休まらないほど走りつづけているのは、もしかしたら、そろそろ、水を飲む地点に、来ているのかもしれませんね。
立ち止まって、息を整えることは、これまでの頑張りを、無駄にすることでは、ありません。むしろ、あなたが、これから先も、長く、健やかに歩きつづけるための、いちばん確かな備えなのです。今夜、あなたが、ほんの少し、足をゆるめて休むことは、けっして、あきらめることでは、ないのですよ。それは、明日も、あさっても、そのずっと先も、あなたが笑って歩いていられるように――大切な、大切な、準備なのです。
今夜、ひとつだけ、「もう、これでいい」と言ってみましょうか
それでは、今夜、母と一緒に、ひとつだけ、してみましょうね。むずかしいことは、何もいりません。まず、ゆっくり、息を吐いてください。――走っているとき、わたしたちは、息が浅くなって、吸うことばかりに、気を取られています。だから、まず、ふうっと、長く、口から息を吐きましょう。お腹が、ぺたんこになるまで。吐ききると、身体は、自然に、やさしく息を吸います。それを、三回でいいのです。ゆっくり、三回。それだけで、はりつめていた背中が、ほんの少し、ゆるんでくるのが、分かるはずです。
身体が少しゆるんだら、次に、心のなかで、こう、つぶやいてみてください。「今日の私は、もう、これでいい」――そう、たった一言でいいのです。今日、あなたがやったことを、足りないと責めるのを、今夜だけは、やめてみましょう。今日も、あなたは、起きて、動いて、誰かのために、何かをしました。それだけで、じゅうぶん、えらいのです。「今日の分は、今日ぶんだけ。明日の心配まで、今夜、先に背負わなくていい」――母がいつも言うことを、もう一度。「今日できなかったことは、明日のあなたに、預けておきましょうね」。
「そんなことで、この焦りが、おさまるの」と思うかもしれませんね。でも、思い出してください。あなたはこれまで、「もっと、もっと」と、自分に鞭を打ちつづけて、心を、すり減らしてきたのです。ならば今夜だけは、その鞭を、そっと下ろして、「もう、これでいい」と、自分に、ひとこと、やさしくしてみましょう。走ることをゆるめた夜は、きっと、いつもより少しだけ、呼吸が、楽なはずですから。
「満たされない」の反対は、「もっと」ではなく、「もう、ある」と気づくことです
ここで、母が、ひとつ、伝えたいことがあります。「もっと稼がなきゃ」という焦りの、いちばん深いところにあるのは、じつは、「私には、足りない」という気持ちです。そして、その「足りない」という気持ちは、どんなに、外から、お金を注ぎ込んでも、なかなか、埋まってはくれません。なぜなら、それは、外側の量の問題ではなく、内側の、まなざしの向きの問題だからです。
「足りない」ばかりを見ている目は、たとえ手のなかに、たくさんのものがあっても、そのないものばかりを、数えてしまいます。反対に、「もう、ある」に目を向けられる人は、たとえ、多くを持っていなくても、その手のなかの、あたたかさに、気づくことが、できるのです。――今夜、眠る前に、ほんの少しだけ、こう、数えてみませんか。今、あなたの手のなかに、すでに「ある」もの。今日、食べられたこと。眠る場所があること。心配してくれる誰かの顔。今日を、生きぬいたこと。――それは、あたりまえのようでいて、けっして、あたりまえでは、ないものたちです。
「もっと」を追いかけることを、母は、否定しているのではありませんよ。前を向いて、望みを持つことは、とても、すてきなことです。ただ、その「もっと」に、心を、すり減らしすぎないために――ときどきは、すでに手のなかにある、たくさんの「ある」を、そっと数えてあげる。それだけで、あの、いつも追い立てられていた胸のあたりが、ふっと、あたたかく、静かになる瞬間が、訪れるものなのですよ。満たされる、というのは、増やすことではなく、気づくこと、なのかもしれませんね。
焦って追うより、ゆるんだ手のひらに、良い巡りは宿るといいます
むかしから、お金や運は「追えば逃げ、ゆるめば巡る」といわれてきました。もちろん、これは言い伝えの範囲のお話で、焦るのをやめれば、すぐにお金が増える、という単純なものでは、ありません。それでも母は、この言葉のなかに、暮らしの確かな知恵が、こもっていると感じています。
「もっと、もっと」と、焦って、前のめりに走っているとき、わたしたちの視野は、針の穴のように、狭くなります。目先の不足でいっぱいになって、ほんとうは、すぐそばにあった良いご縁や、差し伸べられていた誰かの手に、気づけなくなってしまう。反対に、ふっと肩の力が抜けて、心にゆとりが生まれたとき――「そういえば、こんな道もあったな」「あの人に、少し相談してみようか」と、ふいに、新しい巡りが、見えてくることが、あるのです。良い巡りは、あなたの胸に、ほんの少しの余白があるほど、入ってきやすくなるのかもしれませんね。
だから、今夜あなたが、追いかける足をゆるめて、心を休めることは、けっして、チャンスを、逃すことでは、ありません。それは、むしろ、明日、良い巡りに、気づける自分に、戻っていくための、準備なのです。ぎゅっと握りしめて、こわばっていた手のひらを、いったん、そっと、開いてあげましょう。ゆるんだ手のひらにこそ、明日、思いがけないご縁や、小さな追い風が、静かに舞い降りるのかもしれませんから。
なぜ、あなたはこんなに焦ってしまうのか、やさしく知る
とはいえ、「わかっていても、また明日には、あの焦りに、追われてしまう」という日は、きっとあるでしょう。人には、それぞれ、お金に対して、心が強く反応してしまう“くせ”があります。ある人は、将来の不足に人一倍おびえ、ある人は、人と比べて「まだ足りない」と焦り、ある人は、「立ち止まったら終わりだ」という思い込みを、人より深く抱えている。――くせが違えば、その焦りの、ゆるめ方も、変わってくるのですよ。
金運の社の金運タイプ診断は、あなたがお金に、どんな不安や意味をこめやすいか、その傾向を、やさしく映す鏡のようなものです。自分のくせが分かると、「ああ、だから私は、こんなに『もっと』に、追われやすかったのね」と、腑に落ちる瞬間が訪れます。責めるためではなく、いたわるために、自分を知る。「私が、欲張りなんじゃなくて、こういう反応をしやすい人なんだ」と分かるだけで、次に焦りが押し寄せたとき、少しだけ、自分にやさしく、ブレーキをかけてあげられるものです。それも、心を休める、確かな一歩なのですよ。
朝が来たら、走り出す前に、ひと呼吸――結びにかえて
ここまで読んでくれて、ありがとうね。よく、この手紙のところまで、たどり着いてくれました。今夜のあなたに、母から伝えたいことは、たったひとつです。あなたはもう、じゅうぶん、走っていますよ。頑張りが、足りないのではありません。むしろ、頑張りすぎて、少し、息が上がっているだけ。だから今夜は、その走りつづける足を、いったん止めて、「もう、これでいい」と、自分に、やさしく言ってあげましょうね。
そして、朝が来たら――どうか、また全力で走り出す前に、ひと呼吸だけ、置いてあげてください。金運の社では、生まれ年や誕生日から占う今日の金運を、毎朝そっとお届けしています。焦って前のめりになりがちな朝に、「今日は、この一日を、こんなふうに過ごしてみようかな」と、自分のペースを取りもどす、小さなよりどころにしてくださいね。あるいは、心が、そわそわと落ち着かない朝には、今日のおみくじを、そっと引いてみてください。良いことが起きるかどうか、ではないのです。急かされる心を、ほんの少しだけ、静める。そのための、小さな習慣なのですよ。
あなたは、欲張りなのでも、満足を知らないのでも、ありません。ただ、大切なものを守ろうとして、けんめいに、走りつづけてきた、責任感の強い人。それに気づけた今夜のあなたは、もう昨日のあなたとは、少しちがいます。あせらず、ひとつずつ。追いかけるのを、少しだけゆるめて、そっと息をつくあなたのもとへ、良い巡りが、少しずつ帰ってきますように。このコラムは、これからも折にふれて、あなたの走りすぎた夜に、手紙を書きつづけますね。――さあ、もう一度、ゆっくり息を吐いて。今日も、本当に、よく走りました。どうか今夜は、あたたかくして、ゆっくりおやすみなさいね。また、次の手紙で。
※本コラムは、心の傾向や言い伝えをやさしく綴る読みものです。収入や働き方の具体的なご判断については、必要に応じて専門の窓口にご相談くださいね。
※本記事は占い・風水・古くからの言い伝えを、娯楽の範囲でご紹介するものです。記載の内容は効果や結果を保証するものではありません。宝くじ等の当選を保証するものではなく、ゲン担ぎ・縁起としてお楽しみください。暦(吉日)は流派・暦により差が出る場合があるため、実際の日付は最新の暦でご確認ください。健康・体調に関する判断は専門家にご相談ください。一部にプロモーション(PR)を含みます。

