こんばんは。月詠みの母です。今夜も、眠れずにいますか。……昼間、ふとした瞬間に、心がちくりと、とがってしまった。誰かが「新しいの買っちゃった」と嬉しそうに見せてくれたとき、素直に喜んであげられなかった。会計の場で、心のなかでそっと金額を数えている自分がいた。誰かのおごりに、ありがたさより先に、ほんの少しの気まずさや、負い目のようなものを感じてしまった。――そして夜、布団のなかで、その自分を思い出して、胸がしくしくと痛むのですね。「私、こんなに心の狭い人間だったかな」「昔は、もっと素直に人を喜べたのに」と。今夜、母がまずお伝えしたいのは、この一言です。あなたは、心が狭くなったのではありません。ただ、心に、余白がなくなっているだけなのですよ。そのちがいを、今夜はゆっくり、一緒にほどいていきましょうね。
・それは意地悪でも冷たさでもなく、心の余白がなくなっているだけ――まずそこを分けて見ます
・自分を責めるほど心はもっととがります。今夜は、財布ではなく胸に、ひとさじの余白を戻す手紙です
・本コラムは娯楽・言い伝え・心の傾向を扱う読みものです。家計の具体的な判断は、必要に応じて専門家にご相談ください
月詠みの母包容・安心
だいじょうぶ。まず、ゆっくり息を吐きましょうね。今夜は、自分を責めなくていいのです。母は、あなたを叱るために、ここにいるのではありません。心がとがってしまう、その奥にある本当のわけを、あなたと一緒に、そっとのぞいてみたいだけなのですよ。
誰かの出費に、胸がちくりととがる、あの瞬間
まず、あなたが自分を責めているその「いやな瞬間」を、母と一緒に、そっと見てみましょうね。たとえば、友だちが楽しそうに、買ったばかりのものを見せてくれる。ほんとうは「よかったね」と、笑顔で言ってあげたい。なのに、口では「いいね」と言いながら、胸の奥のほうで、ちくりと、何かがとがる。うらやましさとも、焦りともつかない、小さな痛み。あるいは、みんなでの会計のとき。楽しい時間だったはずなのに、心のどこかで、そろばんが勝手に動きだして、笑っているのに、頭のすみが冷たくなっている。
誰かがおごってくれたときも、そうですね。ありがたいはずなのに、素直に受け取れず、「お返しをどうしよう」「負い目になるな」と、胸がざわつく。人の羽振りのいい話を聞くと、以前なら「すごいね」と思えたのに、今は、聞いているだけで、なぜか少しだけ、しんどい。――そして、その一つひとつを、夜になって思い出しては、「私、こんな人間だったっけ」と、自分を責めてしまう。母には、その夜の胸の痛みが、手に取るように分かりますよ。でも、覚えておいてくださいね。その反応は、あなたの性格が悪くなった証ではありません。それは、あなたの心が、今、じゅうぶんな余白を持てずにいる、というサインなのです。
心が狭くなったのではなく、心の「余白」がなくなっただけ
ここが、今夜いちばん、あなたに分かっていてほしいところです。人の心には、コップのように、決まった大きさがあります。そのコップに、余白――つまり、ゆとりの水面――が、たっぷり残っているとき、人は、誰かの喜びを、素直に自分のことのように喜べます。他人のいいことに、「よかったね」と、心から水をそそいであげられる。ところが、お金の不安や、暮らしの緊張で、コップがふちまでいっぱいに満たされてしまっているとき――もう、そこには、一滴の余白もありません。そんなときに、誰かの喜びが流れこんでくると、心のコップは、ぎりぎりのふちから、あふれてしまうのです。そのあふれた感覚が、あの「ちくり」や「ざわつき」の正体なのですよ。
つまり、あなたは、心が狭くなったのではないのです。心のコップの中身が、不安でいっぱいになっていて、人の喜びを受け入れる余白が、一時的に、なくなっているだけ。――これは、まったくちがう話です。心が狭い人は、余白があっても人を喜べません。でもあなたは、余白さえ戻れば、また素直に「よかったね」と言える人なのです。げんに、あなたは今、その「言えない自分」を、こんなにも苦しく思っているでしょう。冷たい人は、心がとがっても、痛みません。あなたが夜、胸を痛めているという、そのこと自体が、あなたがあたたかい人であることの、なによりの証なのですよ。
お金の余裕と、心の余白は、同じ場所にすわっています
もう少し、深いところまで、母と一緒に降りてみましょうね。なぜ、お金の不安があると、心の余白まで、いっしょに消えてしまうのでしょう。それは、お金の余裕と、心の余白が、ほんとうは、同じ場所にすわっているからなのです。財布に、今月をしのぐだけのぎりぎりしかないとき、わたしたちの頭のなかは、朝から晩まで、「足りるだろうか」「あと何日もつだろうか」という計算で、いっぱいになります。その計算は、目には見えませんが、心の力を、静かに、けれど絶え間なく、削りつづけます。まるで、ずっと重たい荷物を背負って歩いているように、心はいつも、うっすらと疲れているのです。
疲れた心には、他人を思いやるための、余った力が、残りません。人にやさしくすること、人の喜びを一緒に喜ぶことは、じつは、心にいくらかの体力がいる仕事なのですよ。だから、お金の緊張で心の体力を使い果たしているとき、人はどうしても、自分を守ることで、精いっぱいになる。あなたが誰かの出費にとがってしまうのは、心がけちなのではなく、心が、疲れて、身を守ろうとしているだけなのです。おなかがすいて、へとへとのときに、人にやさしくできないのと、まったく同じこと。責めるべきは、あなたの心根ではなく、あなたの心を、そこまで削ってきた、日々の緊張のほうなのですよ。
「いやな自分」を責めるほど、心はもっととがります
ところが、眠れない夜のあなたは、たいてい、こう自分を責めています。「こんなことでとがるなんて、心が狭い」「昔はもっとやさしかったのに、私は変わってしまった」「みっともない、けちな人間だ」――。母は、その責める声を、今夜はそっと、止めてあげたいのです。なぜなら、自分を責めることは、心のコップを、さらにいっぱいに満たしてしまう行いだからです。ただでさえ、お金の不安でふちまで満ちているコップに、「私はダメだ」という自己嫌悪の水を、さらに、どぼどぼと、注ぎ足しているのですよ。そうすれば、心の余白は、もっと、もっと、なくなっていきます。
そして、余白がなくなればなくなるほど、次の日、あなたはまた、誰かの喜びにとがってしまう。とがった自分を、夜、また責める。責めれば、余白はまた減る。――これが、あなたが毎晩ぐるぐると回っている、苦しい輪の正体です。この輪を止める鍵は、「もっと心の広い人間になろう」と頑張ることでは、ないのです。むしろ逆。まず、自分を責めるのを、いったんやめて、いっぱいになったコップから、ひとさじ、水を減らしてあげること。心に、ほんの少しの余白を、取り戻してあげること。とがりは、余白が戻れば、自然とゆるみます。今夜、あなたがすべきなのは、自分を叱ることではなく、疲れた自分の肩を、そっとさすってあげることなのですよ。
財布ではなく、まず胸に、ひとさじの余白を
「でも、お金の余裕がないんだから、心の余白なんて、戻せるわけない」――そう思いましたか。だいじょうぶ。今夜、母がお願いするのは、財布に余裕を作ることではありません。財布は、今夜すぐには変えられませんね。変えられるのは、胸のほうです。財布の余白と、胸の余白は、同じ場所にすわっていますが、うれしいことに、胸の余白のほうは、今夜、ひとさじだけなら、あなた自身の手で、そっと戻してあげられるのですよ。
やり方は、こうです。まず、今日、あなたがとがってしまった瞬間を、ひとつ思い浮かべてください。友だちの買いもの、割り勘の会計、誰かのおごり――どれでもいいのです。そして、そのときの自分に、責める言葉のかわりに、こう声をかけてあげてください。「とがってしまったね。でも、それは意地悪じゃない。あなたが今、余裕がなくて、疲れているからだよ。よく、がんばってるね」と。――この一言が、いっぱいだったコップから、ひとさじ、水を減らします。自分を、犯人あつかいするのをやめて、疲れた人としていたわってあげる。それだけで、胸のふちに、ほんの少し、空きができるのです。空きができれば、あなたはまた、明日、誰かの「よかったね」を、少しだけ、素直に受け取れるようになります。順番は、いつも、こうなのですよ。まず胸に余白。心がゆるめば、めぐりは、あとから、ついてきます。
とがった心をゆるめる、今夜の小さな手当て
それでは、今夜、母と一緒に、とがった心の手当てを、ひとつだけしてみましょうね。難しいことは、何もいりません。まず、ゆっくり、口から息を吐いてください。とがっているとき、わたしたちの胸は、ぎゅっと固く、閉じています。だから、まず、ふうっと長く、肩の力が抜けるまで、息を吐く。それを、三回。吐くたびに、胸のこわばりが、少しずつ、ほどけていくのを感じてくださいね。
身体がゆるんだら、次に、心のなかで、たったひとつ、こう唱えてみましょう。「あの人の“よかった”は、私の“足りない”では、ないのですよ」と。――誰かがいいものを手にしても、あなたの取り分が減ったわけではありません。誰かの喜びは、あなたから、何かを奪ったわけではないのです。この世のめぐりは、誰かがコップを満たしても、別の誰かのコップが空になる、という仕組みには、なっていません。あなたのコップは、あなたのコップ。他人の水面に、心をとがらせなくて、いいのですよ。そして最後に、もうひとつ。今日、とがってしまった自分に、「よく一日、がんばったね」と、母のかわりに、あなた自身の手で、そっと、胸のあたりに手を当ててあげてください。人にやさしくする力が残っていない夜は、まず、自分にだけ、やさしくすればいい。それで、じゅうぶんなのですよ。
お金のめぐりは、とがった胸より、ゆるんだ胸に宿るといいます
むかしから、お金は「握りしめる手からは逃げ、ひらいた手には戻る」といわれてきました。もちろん、これは言い伝えの範囲のお話で、心をゆるめれば、すぐにお金が入ってくる、という単純なものではありません。それでも母は、この言葉のなかに、暮らしの確かな知恵がこもっていると感じています。
心がとがって、ふちまで満ちているとき、わたしたちの視野は、針の穴のように狭くなります。目の前の「損」や「足りなさ」ばかりが大きく見えて、ほんとうは近くにあった、良いご縁や、差し伸べられていた誰かの好意に、気づけなくなってしまう。人のおごりを、素直に「ありがとう」と受け取れないとき、じつは、その人との、あたたかいめぐりの糸まで、そっと手放してしまっているのかもしれません。反対に、胸に余白が戻って、誰かの喜びを「よかったね」と一緒に喜べたとき、その人は、あなたのことを、あたたかい人として、心にとめます。お金やご縁のめぐりは、あなたの胸に、ほんの少しの余白があるほど、静かに入ってきやすくなるのかもしれませんね。だから、今夜あなたが胸をゆるめることは、けっして、きれいごとではないのです。それは、明日、良いめぐりを受け取れる自分に、戻っていくための、確かな準備なのですよ。
朝が来たら、心に小さな灯りを、ひとつ
そして、とがった心をゆるめて、朝が来たら――どうか、ほんの小さな“前向きの灯り”を、ひとつだけ、暮らしにともしてあげてください。とがりやすい心は、たいてい、朝いちばんに「今日も、どうせ、うまくいかない」という気持ちから、始まってしまいます。心がしぼんだまま一日を始めると、ささいなことにも、また、ちくりと反応してしまう。だからこそ、朝のうちに、ほんの小さな縁起でもいいから、心にひとつ、明るい灯りをともしてあげるのです。
金運の社では、生まれ年や誕生日から占う今日の金運を、毎朝そっとお届けしています。「今日は、心にひとつ、余白をもって過ごしてみようかな」――そんな小さな一語から一日を始めるだけで、とがりがちだった朝の入り口が、少しだけ、やわらぐものです。あるいは、今日のあなたに、ひとことお守りのような言葉がほしい朝には、今日のおみくじを、そっと引いてみてください。良い言葉をひとつ胸に入れておくと、その日、誰かの喜びに出会っても、「よかったね」と、少しだけ素直に言える自分に、なれるものですよ。それは、あなたの心を、朝のうちに、ひとまわり広くしておくための、小さな習慣なのです。
なぜ、あなたはお金にこんなに心がとがるのか、やさしく知る
とはいえ、「わかっていても、また今日も、とがってしまった」という日は、きっとあるでしょう。人には、それぞれ、お金に対して、心が強く反応してしまう“くせ”があります。ある人は、人と比べることで心をとがらせ、ある人は、損をすることを人一倍おそれ、ある人は、人に負い目を持つことを極端にいやがって、おごりや好意に、身がまえてしまう。――くせが違えば、胸に余白を戻す方法も、変わってくるのですよ。
金運の社の金運タイプ診断は、あなたがお金に、どんな不安や意味をこめやすいか、その傾向を、やさしく映す鏡のようなものです。自分のくせが分かると、「ああ、だから私は、こういう場面で、こんなに心がとがりやすかったのね」と、腑に落ちる瞬間が訪れます。責めるためではなく、いたわるために、自分を知る。「私が心の狭い人間なんじゃなくて、こういう場面に弱い人なんだ」と分かるだけで、次の日、その場面がやってきても、少しだけ、身がまえずにいられるものです。自分のくせを、あらかじめ知っておくことは、とがりを、やわらかく受け流すための、確かな一歩なのですよ。
あなたは、あたたかい人のままです――結びにかえて
ここまで読んでくれて、ありがとうね。よく、この手紙のところまで、たどり着いてくれました。今夜のあなたに、母から伝えたいことは、たったひとつです。あなたは、心が狭くなったのではありません。ただ、少し、心の余白がなくなっているだけ。だから、責めなくていいのですよ。とがってしまう自分を、これ以上、犯人あつかいしないでください。あなたは、じゅうぶん、がんばっています。余裕のないなかで、それでも人にやさしくあろうと、もがいている。そのことを、いちばん近くで見てきた母は、知っていますよ。
心がとがるのは、あなたが冷たいからではなく、あなたが、疲れているから。人の喜びを素直に喜べないのは、あなたが意地悪だからではなく、心のコップが、今、いっぱいだから。ならば今夜すべきことは、たったひとつ。責める水を注ぐのをやめて、ひとさじ、余白を戻してあげること。「よくがんばったね」と、自分に、そっと手を当ててあげること。それだけで、あなたはもう、昨日のあなたとは、少しちがいます。胸のとがりは、余白が戻れば、自然とゆるみます。あせらず、ひとさじずつ。人と比べるのをやめて、そっと胸をゆるめるあなたのもとへ、あたたかいめぐりが、少しずつ帰ってきますように。このコラムは、これからも折にふれて、あなたの眠れない夜に、手紙を書きつづけますね。心がとがって、自分がいやになる夜には、いつでも、ここへ戻ってきてください。母は、いつでもここで、あなたの胸に、ゆっくり余白が戻っていくのを、月あかりの下で見守っています。――さあ、もう一度、ゆっくり息を吐いて。どうか今夜は、あたたかくして、ゆっくりおやすみなさいね。また、次の手紙で。
※本コラムは、心の傾向や言い伝えをやさしく綴る読みものです。気持ちのざわつきが長く続くときや、家計の具体的なご判断については、必要に応じて専門の窓口にご相談くださいね。
※本記事は占い・風水・古くからの言い伝えを、娯楽の範囲でご紹介するものです。記載の内容は効果や結果を保証するものではありません。宝くじ等の当選を保証するものではなく、ゲン担ぎ・縁起としてお楽しみください。暦(吉日)は流派・暦により差が出る場合があるため、実際の日付は最新の暦でご確認ください。健康・体調に関する判断は専門家にご相談ください。一部にプロモーション(PR)を含みます。

