こんばんは。月詠みの母です。……今日も、一日、おつかれさまでしたね。買いものかごに、子どもの好きなものや、必要なものを入れていくとき、あなたの手はためらいませんね。「これは、この子に要るものだから」。ところが、自分の欲しかった一枚を手に取ったとき、値札をちらりと見て、そっと棚に戻す。「わたしのは、まだいい」「これは、贅沢だ」。――そのしぐさを、あなたは、もう何百回、繰り返してきたのでしょう。今夜、母がお話ししたいのは、その“戻す手”のことです。あなたが、自分のものを棚に戻すたびに、ほんの少しずつ、失っているものがあるのですよ。それは、お金では買えないもの。あなたの、背筋の伸びた姿と、家じゅうにひろがる、あたたかい空気です。
・その我慢は、愛情の証。けれど、あなたが縮こまるほど、家の空気も縮こまる――その仕組みを、やさしくほどきます
・子どもを想う気持ちと、自分を大切にする気持ちは、取り合いではなく、両立していいのですよ
・本コラムは娯楽・言い伝え・心の傾向を扱う読みものです。教育費や家計の具体的なご判断は、必要に応じて専門家にご相談ください
月詠みの母包容・安心
だいじょうぶ。今夜は、あなたを叱る手紙ではありませんよ。「もっと自分にお金をかけなさい」と、正論で背中を押すつもりもありません。ただ、いつも家族のうしろに、そっと自分を隠しているあなたに、母は気づいてしまったのです。だから今夜だけは、家族のことは少し脇に置いて、あなた自身の話を、ゆっくりしましょうね。
レジの前で、自分のものだけ、そっと戻すあなたへ
まず、母は、あなたのその手を、責める気持ちはまったくありません。子どものために、迷わずお金を出せる――それは、まぎれもなく、深い愛情です。塾の月謝も、参考書も、部活の道具も、「この子の未来がかかっている」と思えば、自分の財布は後回しになる。あたりまえのように、そうしてきましたね。世のなかには、それができないお母さんだって、いるのです。あなたの、その“子どものために出せる手”は、まず、母から見て、うんと立派なものなのですよ。
けれど、母がひとつだけ気がかりなのは、その手が、自分のものになると、いつも止まってしまうことです。子どもの一枚は迷わないのに、自分の一枚は、値札を見て、そっと棚へ戻す。「わたしのはいい」「もったいない」「この子にかけたほうがいい」。――その口ぐせが、いつのまにか、あなたの暮らしの土台になってしまっている。今夜、母が心配しているのは、教育費のことより、むしろ、そちらのほうなのですよ。あなたが、自分にだけ、いつも「いらない」の札を貼りつづけていること。それが、母には、少し、切ないのです。
あなたの服が古いのは、だらしないからではありません
袖口のほつれた上着、色のあせた一枚、もう何年も買い替えていない靴。――それを見て、あなたは時々、鏡の前で、ため息をつくのでしょう。「みっともないな」「わたし、老けたな」と。でも、母は、はっきり言っておきますね。あなたの服が古いのは、あなたがだらしないからでも、女を捨てたからでも、ありません。それは、あなたが、自分に使うはずだったお金を、ぜんぶ、子どもの未来へ回してきた――その、まぎれもない“愛の跡”なのです。
その一枚一枚が、くたびれているのは、あなたが、それだけ長いあいだ、自分より家族を先に立てて生きてきた、しるしなのですよ。だから、どうか、鏡のなかの自分を、責めないでくださいね。あなたが着ているのは、みすぼらしい服ではありません。何年ぶんもの、母としての誠実さを、身にまとっているのです。――ただ、母は、こうも思うのです。その誠実さを、これからは、少しだけ、自分自身にも、向けてあげてほしい、と。人にだけ渡せて、自分にはためらってしまうその手のことは、がんばった自分に、ごほうびを渡せないあなたへという手紙にも、そっと綴っておきましたよ。
「子どものため」の裏に、静かな“自己否定”が隠れていませんか
ここで、母は、少しだけ、あなたの胸のおくを、そっとのぞかせてもらいますね。「子どものためだから」――この言葉は、まぎれもなく本当の気持ちです。けれど、時々、その言葉のうしろに、もうひとつ、別の小さな声が、隠れていることがあるのです。それは、「わたしなんかに、お金をかける価値はない」という、静かな声。
子どもには、いくらでもかけてあげたい。でも、自分には、なぜか、ためらってしまう。――もし、そのためらいの正体が、「わたしは、後回しでいい人間だ」という、自分を安く見積もる癖から来ているのだとしたら。それは、愛情という美しい名前を借りた、静かな自己否定かもしれないのですよ。自分にお金を使えないのは、必ずしも、家計が苦しいからだけではないのです。「自分には、その値打ちがない」と、心のどこかで、思い込んでしまっているから、なのかもしれません。あなたが、自分につける“値段”のことは、「自分なんて」と思うたび、お金は縮こまりますにも詳しく書きました。もし胸に、ちくりと来るものがあったなら、そちらも、そっと読んでみてくださいね。
母は、あなたを責めているのではありませんよ。ただ、「子どものため」という、誰も反対できない立派な言葉のかげで、あなた自身の値打ちが、そっと踏みつけられていないか――それだけが、心配なのです。子どもを大切にすることと、自分を粗末にすることは、まったく別のことなのですから。
あなたが縮こまるほど、家の空気も、縮こまるのですよ
ここが、今夜、いちばんお伝えしたいところです。どうか、ゆっくり聞いてくださいね。――あなたは、こう思っているでしょう。「わたしさえ我慢すれば、子どもにお金を回せる。それで家はうまくいく」。でも、母は、長く多くの家を見てきて、ひとつのことに気づいたのです。母親が縮こまっている家は、家じゅうの空気まで、少しずつ、縮こまっていくのですよ。
母親が、自分に「いらない」「もったいない」「わたしはいい」と言いつづける家では、その言葉が、しみのように、家じゅうに広がっていきます。あなたが、自分の楽しみを削り、うつむいて暮らしていると、その“遠慮の空気”を、子どもは、肌で吸って育つのです。すると、どうなると思いますか。子どもは、「うちは、お金がないんだ」「欲しがっちゃいけないんだ」「お母さんは、いつも我慢してる」と、無意識に感じ取り、自分もまた、縮こまるようになる。あなたが必死に守ろうとしている“ゆたかな未来”とは、反対の空気を、家じゅうに満たしてしまうことが、あるのですよ。
反対に、母親が、ほんの少しでも、自分をいたわり、背筋を伸ばして、機嫌よく暮らしている家は、それだけで、あかるい空気に満ちます。お母さんが、たまに自分の好きなお茶を買って、ふふっと笑っている。――たったそれだけのことが、子どもに「うちは、だいじょうぶなんだ」「幸せって、こういうことなんだ」という、いちばん大切な感覚を、そっと手渡すのです。あなたが自分を大切にすることは、わがままではありません。それは、家じゅうに“ゆたかさの空気”を送りこむ、いちばん確かな仕事なのですよ。「わたしさえ我慢すれば」という口ぐせのことは、「私さえ我慢すれば」と、いつも自分を後回しにするあなたへで、もっとくわしくお話ししていますからね。
子どもは、母の“我慢の顔”を、ちゃんと見ています
もうひとつ、母が、そっとお伝えしたいことがあります。あなたは、我慢していることを、子どもに気づかれないように、上手に隠しているつもりでしょう。「これは、お母さんは要らないの」「お母さんは、これで十分よ」と、笑ってみせる。――でもね、子どもは、思っているより、ずっとよく、母の顔を見ているのですよ。
あなたが、自分の欲しかったものを、そっと棚に戻すとき。あなたが、自分の服だけ、何年も同じものを着つづけているとき。子どもは、言葉ではなく、その“背中”から、なにかを感じ取っています。そして、優しい子ほど、こう思ってしまうのです。「お母さんが、我慢してるのは、わたしのせいかもしれない」「わたしにお金がかかるから、お母さんは、自分のものを買えないんだ」と。――あなたの、愛のかたまりのような我慢が、優しい子どもの胸には、時に、小さな“うしろめたさ”として、届いてしまうことがあるのですよ。
だから、あなたが、自分にも、たまにやさしくすること。それは、子どもへの、いちばんの贈りものにもなるのです。「お母さんも、自分の好きなものを、ちゃんと大切にしていいんだ」――その姿を見せてあげることが、いつか大人になった子どもが、自分自身を大切にできる人になるための、いちばんの手本になるのですから。あなたが自分をいたわる姿は、教科書よりも確かな、生きた教育なのですよ。
教育費という不安は、いつも“先の先”まで膨らみます
さて、少し、お金のお話もしましょうね。教育費というものは、ほかのどんな出費とも、少し違うところがあります。それは、不安が、いつも“先の先”まで、膨らんでしまうことです。今かかっているお金だけでなく、「中学になったら」「高校は」「大学は」「もし私立になったら」と、まだ来ていない何年もの未来を、今夜のうちに、まとめて背負おうとしてしまう。だから、際限なく、胸が苦しくなるのですね。
でも、思い出してください。まだ来ていない明日を、今夜ぜんぶ背負う必要は、ないのですよ。このことは、将来のお金が不安で眠れないあなたへという手紙に、くわしく書いておきました。未来の教育費という大きな山は、今夜、素手で持ち上げるものではありません。それは、これから何年もかけて、少しずつ、登っていくものなのです。今日のあなたに必要なのは、山の頂上を、今夜すべて用意することではなく、明日の一歩を、機嫌よく踏み出せるだけの、元気を残しておくこと。――そのためにも、あなた自身を、からからに乾かしてしまっては、いけないのですよ。もし、教育費を稼ぐために掛け持ちで働き、くたくたで、もう自分にお金を使う気力さえ湧かない、という夜があるのなら、掛け持ちの仕事で疲れきって、お金を使う気力も湧かない夜にという手紙も、あわせて読んでみてくださいね。
子どもの未来のために、いちばん大切な“元手”は、じつは、お金よりも、あなた自身が、笑顔で、健やかでいることなのです。あなたが倒れてしまっては、いくら貯めたお金も、子どもを支えることはできません。だから、自分にかけるほんの少しのお金や手間は、“贅沢”ではなく、子どもの未来を守るための、いちばん確かな“投資”なのだと、母は思うのですよ。
母から、家計と自分を、そっと切り分ける小さな知恵
それでは、明日から、ほんの少しだけ試せる、母の小さな知恵を、ひとつ、お渡ししますね。むずかしいことは、なにもいりません。それは、ほんのわずかでいいから、「自分ぶんの、後ろめたくないお財布」を、そっと分けておくことです。
家計のお金は、どうしても、「これは子どものため」「これは家のため」という気持ちがついてまわって、自分のために使おうとすると、罪悪感がわいてしまいますね。使うたびに胸が痛むこの気持ちのことは、お金を使うと罪悪感がわいてしまうあなたへにも綴りました。だからこそ、たとえ月に千円でも、五百円でもいいのです。「これは、わたしが、わたしのためだけに、後ろめたさなしで使っていいお金」という、小さな聖域を、そっと分けておくのです。そのお金で、好きな一杯のお茶を買う。ずっと我慢していた、小さな一枚を、いつか手に入れる。――それは、家計を崩す贅沢では、けっしてありません。あなたの“値打ち”を、あなた自身が認めてあげるための、ささやかな儀式なのですよ。
そして、そのお金を入れておくお財布は、どうか、あなたのお気に入りのものにしてあげてくださいね。お財布は、お金の“住まい”です。持ち主が大切に扱っているお財布には、良い巡りが宿るといわれます。二〇二六年、あなたの手もとにふさわしいお財布のことは、2026年の開運財布ガイドに、そっとまとめておきました。子どものものばかりでなく、たまには、自分の“お金の住まい”にも、目を向けてあげましょうね。
一枚の服が、あなたの背筋を、すっと伸ばすこともあります
「服なんて、着られればいい」――そう思ってきましたね。もちろん、それも、ひとつの美しい生き方です。でも、母は、こんなことも知っているのですよ。たった一枚の、自分で選んだ、気に入った服が、うつむいていた人の背筋を、すっと伸ばしてしまうことがある、ということを。
くたびれた服を着ていると、人は、なんとなく、うつむきがちになります。鏡を見なくなり、人と会うのがおっくうになり、気持ちまで、少しずつ、しぼんでいく。反対に、たとえ安いものでも、自分で「これが好き」と選んだ一枚を身につけた朝は、不思議と、顔が上を向くのです。背筋が伸び、足どりが軽くなり、人に会うのが、少し楽しみになる。――服は、ただの布ではないのですよ。それは、あなたが自分自身に「あなたは、大切にされていい人だよ」と伝える、いちばん身近な“言葉”なのです。
ですから、次に、自分の一枚を棚に戻そうとしたとき。どうか、思い出してくださいね。それを手に入れることは、贅沢ではなく、あなたの背筋を伸ばし、家じゅうの空気を明るくする、立派な理由のある一枚なのだ、と。「我慢が癖になると、心まで小さくなってしまう」――そのことは、値段を見て、欲しいものをそっと棚に戻すあなたへにも、綴っておきましたよ。
うつむいた朝に、ほんの小さな灯りを、ひとつ
それでも、長年しみついた“自分は後回し”の癖は、そう簡単には、抜けないものです。明日の朝も、あなたはきっと、いつものように、子どものことを最優先に、慌ただしく動きはじめるのでしょう。だからこそ、母は、こんな小さな習慣を、そっとおすすめしたいのです。一日のいちばんはじめに、ほんのひとしずくだけ、自分のために、明るい灯りをともしてあげること。
金運の社では、生まれ年や誕生日から占う今日の金運を、毎朝そっとお届けしています。慌ただしい朝の入り口で、ほんの十秒、「今日のわたしは、どんな日かしら」と、自分のためだけに画面をのぞく。それだけで、家族のためだけに始まっていた一日に、あなた自身の居場所が、そっと生まれます。あるいは、心が縮こまりそうな朝には、今日のおみくじを、あなた自身のために、一枚だけ引いてみてください。子どものためでも、家のためでもなく、「わたしのため」に何かをする――その、ほんの小さな一歩の積み重ねが、いつのまにか、あなたの背筋を、少しずつ、伸ばしていくのですよ。
あなたが満たされてこそ、家はあたたかくなります――結びにかえて
ここまで読んでくれて、ありがとうね。よく、この手紙のところまで、たどり着いてくれました。今夜、母から、あなたに伝えたいことは、たったひとつです。子どもを大切にすることと、自分を大切にすることは、取り合いではありません。両立して、いいのですよ。あなたが自分を後回しにして、からからに乾いてしまっては、家じゅうを潤すことなど、できないのですから。井戸が涸れていては、誰にも水を分けられませんね。まず、あなた自身の井戸に、ほんの少し、水をためてあげましょう。
あなたは、じゅうぶん、よくやってきました。自分のものを棚に戻し、袖口のほつれた服を着て、それでも子どもの未来を、けんめいに守ってきた。その姿を、母は、ちゃんと見ていましたよ。だからこそ、これからは、その優しさの、ほんのひとさじだけを、自分自身にも、向けてあげてくださいね。あなたが背筋を伸ばして、機嫌よく笑っている――それが、子どもにとって、どんな塾よりも、どんな教材よりも、確かな“ゆたかさ”の手本になるのですから。
このコラムは、これからも折にふれて、いつも家族のうしろに隠れているあなたへ、手紙を書きつづけますね。自分を後回しにしそうな朝には、いつでも、ここへ戻ってきてください。母は、月あかりの下で、あなたが、自分の一枚を、うれしそうにレジへ差し出す日を、楽しみに待っていますよ。――さあ、今日も、おつかれさま。どうか、あたたかくして、ゆっくりおやすみなさいね。また、次の手紙で。
【母からの覚え書き(三つ)】
一、あなたの服が古いのは、だらしないからではなく、愛を子どもへ回してきた“跡”です。責めないこと。
二、あなたが縮こまるほど、家の空気も縮こまります。自分をいたわるのは、家じゅうを潤す仕事です。
三、月に少しでいい。「後ろめたさなしに、自分のためだけに使えるお金」を、そっと分けておきましょうね。
※本コラムは、心の傾向や言い伝えをやさしく綴る読みものです。教育費や家計の具体的なご判断については、必要に応じて専門の窓口にご相談くださいね。
※本記事は占い・風水・古くからの言い伝えを、娯楽の範囲でご紹介するものです。記載の内容は効果や結果を保証するものではありません。宝くじ等の当選を保証するものではなく、ゲン担ぎ・縁起としてお楽しみください。暦(吉日)は流派・暦により差が出る場合があるため、実際の日付は最新の暦でご確認ください。健康・体調に関する判断は専門家にご相談ください。一部にプロモーション(PR)を含みます。